かげふみ 26

「マデレンと申します。」
館にカメラマンがやってきた。
 
「この館の事は、ひと通り教わってまいりました。
 私などがこのような大役を果たせるか、不安もありますが
 精一杯努めさせていただきますので
 どうぞ、よろしくお願いいたします。」
 
立派な挨拶をする30代の逞しい女性に
グリスはホッと胸を撫で下ろした。
 
 
仏頂面の主に代わって、グリスが挨拶をする。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。
 こちらが主様で、私は次期主の予定のグリスと申します。
 ご不便な事がありましたら、何でも私にお申し付けください。」
 
「恐れ入ります。
 少し自己紹介をしますと、私はクリスタル州の西の海辺の町出身で
 今までは戦場カメラマンをやっていましたが
 首と背骨を負傷して、静養中だったのです。
 そこにこのお話をいただきまして、自分なりに理解できたので
 お引き受けする事にいたしました。」
 
「とすると、将軍から派遣されたんですか?」
グリスの問いに、マデレンは首を振った。
 
「いえ、私は軍人ではなく新聞社勤務なのです。
 クリスタルシティにあるクリスタル州立新聞社です。
 今回のお話は、社主直々のお達しによるものです。」
 
長老会というのは、どこまでパイプを持っているんだろう
その組織の底の知れなさに、グリスは
決して甘く考えてはいないはずの、自分の取り組む姿勢に
気合いを入れ直した。
 
 
ここで気合いの入らないヤツがひとりいる。
「マデレンさん、ようこそいらっしゃいましたー。
 ですがー・・・」
 
「ああ、大丈夫、わかります!」
マデレンは、主の憂鬱をすぐさま汲み取った。
 
 
「普通、ずっとカメラに追い回されるなど、ごめんですものね。
 ですが、カメラと私を無機物だと思ってください。
 いてもいないのです。
 撮る側に悪意がないので、すぐに慣れますよ。」
 
「そういうもんですかねー。」
「野生の動物の映像とかが良い見本ですよね。」
グリスの例えに、主は納得した。
「ああ、なるほどー。」
 
って、私は獣かい! と思ったが、これも役目のひとつ。
主がさっさと諦めて、気持ちを切り替えた。
 
「では、申し訳ありませんが、慣れない内は無視させていただきますねー。」
「はい、どうぞしたいようになさってください。
 決して無理をなさる必要はありません。
 主様のペースでゆっくりといきましょう。」
 
 
ふたりのやり取りを横で聞いていたグリスは、主の態度に感心した。
自由奔放なお方には、こんな監視されるような事なんて
誰よりもお嫌であろうはずなのに、それをも受け入れるなんて
このお方は、館の “プロ” なのだ。
 
自分が主についていき、主の願いを叶えたいのなら
館を攻略せねばならないのかも知れない・・・。
 
グリスのこの考えは、主様は素晴らしい! という
崇拝に基づく、いつもの感覚だったが
そこに不気味な問題が見え隠れしていた。
 
 
今の主に代替わりをして、終息させたはずの相続戦が
形を変えて、次の相続者に襲い掛かっているようにも見える。
 
管理者の人間としての権利を放棄する犠牲・・・
結局この館は、贄が必要なのかも知れない。
 
 
 続く 
 
 
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