かげふみ 27

さて、マデレンが来てからというもの、主の様子がぎこちなくなったか。
 
一日目の最初は、それこそカメラを意識して
カメラ目線で妙なポーズを取ったりしていた。
マデレンは特に注意をする事もせず、忍耐強く無言で撮影を続けた。
 
主様は素人だから、慣れるまでにはかなりの月日が必要だわね。
カメラマンとしての実績は、その忍耐強さに表れていた。
 
 
ところが初日の午後にもならない内に、主が言った。
「何かもう、格好つけるのが面倒くさくなっちゃいましたー。
 どうあがいても、私は私でしかないし、それを隠す必要もないし
 不適切な部分ばっかりでしょうけど
 そこらへんは、そっちで何とか体裁つけてくださいねー。
 ほんっと、面倒かけてすみませんけどー。」
 
そう宣言すると、ダラッと椅子に座った。
主は、いつもの主に戻った。
 
マデレンはその主の姿を見て驚いた。
今まで数々の被写体を追ってきたが
こんなに早く、素をさらけ出す人物はいなかった。
 
この人はどういう人なんだろう?
マデレンは、レンズを通して主の本質を見つけたい
という、使命とは別のやり甲斐を感じた。
 
 
マデレンの標的は、主だけではなかった。
ジジイやグリス、リリー、その他館の諸々の人々
周囲を通して、“主の素晴らしさ” を作り上げるのである。
 
主の、一日中カメラに追い回される、という懸念も
それによって、少しは薄れた。
 
館という独特の空間にも、マデレンは興味をそそられた。
不安があったこの役目だけど、楽しく仕事が出来そうだわ
マデレンは日々イキイキと、カメラを担いで動き回った。
 
 
マデレンが主の次に興味を持ったのは、グリスであった。
普段から無愛想な態度の主が、この次期主に対しては
目も合わせずに、ことさらに冷たくあたる。
 
なのに、彼はそんな主に従う。
しかも嬉々として、である。
 
端整な顔立ちでスタイルも良く、頭も良さそうな
非の打ち所のない若者なのに、何故このような冷遇に耐えているのだろう。
 
複雑な生い立ちゆえに、辛抱強いのかも知れないけど
それだけでこの仕打ちを我慢できるのだろうか?
マデレンは、主とグリスの関係が理解できなかった。
 
 
「ああ、それはな、単純な話じゃ。」
ジジイがカメラに親指を立てながら言う。
ジジイは写りたくて、館に日参していた。
 
「あんたも数ヶ月、主を撮ってきたからわかるじゃろうが
 あやつには “優しさ” というものがないじゃろう?」
 
「いえ、そんな・・・。」
「かばわんでよい。 事実じゃからの。」
言葉を濁すマデレンに、ジジイが軽く言う。
 
「じゃがな、特殊なのは、あやつは自分にも優しくないんじゃ。
 甘えるわ、我がままだわ、勝手だわ、ロクでもないヤツじゃが
 自分を守ろうとだけはせん。」
 
 
確かに・・・。
あの素の出し方は、自分を良く見せようとしていたら出来ない。
マデレンは妙に納得できた。
 
「それが館の者には逆に、“主は自分より皆を守ってくれる” という
 安心感を与えておるんじゃよ。
 グリスもそうじゃ。
 実際に主はグリスを守るためなら、己を平気で見捨てるじゃろうな。
 だから普段どんなに冷たくされても
 主に対しては絶大な信頼感があるんじゃ。」
 
 
はあー、と感心するマデレンにジジイが言う。
「あんたもこの館に関わったからには
 主の “守る” 対象になっとるだろうよ。」
 
「え? そうなんですか?」
驚くマデレン。
「主は、館を守るためだけの存在じゃからな。」
 
 
普通に考えれば、人権を無視したひどい話をするジジイに
マデレンが気になって訊いてみた。
「あの、立ち入った事をお聞きしますが
 元様は何故この館にいらっしゃったんですか?」
 
「んー、わしはある国の有力貴族だったんじゃ。
 その国の貴族の長男は騎士となり、次男は僧侶になるのじゃ。
 わしは長男じゃったんで、戦に出とった。
 じゃが、内戦で我が一族の与する側が負けてな。
 我が家系は、お家取り潰しとなったんじゃよ。
 そのまま国に残ったら、残党どもが “お家再興” とかうるさいんで
 諸国を放浪して、たどり着いたのがここじゃったんじゃ。」
 
「すごい過去をお持ちなんですねえ。」
素直に受け取ったマデレンに、ジジイがピースをした。
「という設定でどうじゃ?」
 
「えっ? 作り話なんですか?」
ジジイは、フォッフォッフォッと笑うだけだった。
ファインダーを覗きながら、マデレンは思った。
 
このお方も謎だわ・・・。
 
 
 続く 
 
 
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