かげふみ 28

「え? 私を養子にですか?」
夜の8時に主の寝室に呼ばれて、何事かと思いながら来たら
リオンがいて、唐突にその話を持ち出されたグリスは驚いた。
 
「はーい。 本当なら大学進学の時に申し込みたかったのでーすが
 あなたの跡継ぎへの気持ちが揺れていたようだったので
 気を利かせて控えたんでーすね。」
 
「でもまた何故でしょうか?」
「叔父があと数年で政界を引退するので
 私が票田を継いで、市議会議員になるのでーす。
 身寄りのない者を養子にする慈悲は、選挙のために有利でーす。」
隠さない邪心は主で慣れていたとはいえ、グリスはさすがにウンザリした。
 
 
隣でゲームをしていた主が、その様子を見て言った。
「グリス、この国では “身分” というものが幅を利かせているんですよー。
 あなた、外の学校に行ってた時に、差別されましたかー?」
 
「はい、同年代の子たちには少し・・・。」
「大学ではー?」
「あ、そういえば、大学ではまったく。」
 
「後見人のリオンは、大学に面会に来てくれましたか-?」
「はい、度々いらしてくださいました。
 講義室や寮を見学なさった後は、大学のカフェでお茶をしたり
 大学周辺の美味しいレストランに連れて行ってくださったり。」
 
「良い車に乗って、良い身なりで、侍従を連れてー?」
「・・・はい・・・?」
 
 
主はコントローラーを置いて、グリスに向き直った。
「本来なら、あなたや私は差別対象の人種なんですよー。
 あなたが大学で差別をされなかったのは
 いかにも身分の高そうなお金持ちが後見人だ、と
 周囲にリオンが見せ付けていたからなんですよー。」
 
グリスはリオンの顔を見た。
リオンはただニコニコとしているだけだった。
 
 
「リオンはあなたの着る物も送ってくれてたんでしょうー?」
「はい、季節ごとに。
 靴や時計もいただきました。」
「それらはすべて良い仕立てのものだったでしょうー?」
 
「はい、私にはもったいないほどの高価な物で
 いただく度に恐縮したものです。
 リオンさん、本当にありがとうございました。
 今でも大切に使わせていただいています。」
 
「私は大金持ちですから、大丈夫でーす。」
リオンは変わらずニコニコしながら、腹黒い答をした。
 
 
「あなたの元に来るリオンを直接見てない人も
 あなたの格好や持ち物を見て、あなたを軽んじてはならない
 と判断していたんですー。
 善も悪も関係なく、この国ではそういう感覚なんですよー。
 あなたが余計な不遇に邪魔されずに
 快適な大学生活を送れたのは、リオンの気遣いのお陰なんですよー。」
 
グリスは言葉に詰まった。
主との仲に嫉妬をして、リオンを敬遠していた自分を恥じたのである。
 
 
「リオンの養子になれば、あなたはこの国で認められますー。
 加えて、あなたの次の主候補をあなたが養子に出来る、という
 可能性も出てくるんですよー。」
 
グリスは、ハッとした。
そうか、そういう事も考えて判断しなきゃいけないんだ。
 
「パスポート期限失効の私には、その選択肢はありませんでしたー。
 まあ、ダーティーな手段はあるにはありますけど
 リオンの養子である方が、あなたの今後のためになりますしねー。」
 
主の養子? グリスにそれは酷な話である。
そんな事になったら、親子になってしまう。
いくら血が繋がっていないとはいえ、道義的に罪悪感がある。
 
 
「でも養子にも相続権が発生しますよねー。
 それはどうクリアするんですかー?」
主がリオンに訊く。
 
「それは遺留分なしの生前贈与で、最初に片付けておきまーす。」
「あの、たとえ養子になったとしても、ぼくは財産など受け取れません。」
 
グリスのその当然の遠慮に、リオンが首を振る。
「グリスくん、これはケジメでもあるんでーす。
 自分の野望が一番ですが、私は私なりにきみを愛しているんでーすよ。」
 
「ま、そうじゃなきゃ、いくら作戦のためでも
 他人を養子になど出来んわなー。」
 
主がひとりごとのように言って
TV画面の方を向いてゲームを再開した。
 
 
 続く 
 
 
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