夜8時過ぎの主の寝室。
DVDをセットした主が、コタツに座り
おもむろに雑誌を開いて読み始めた。
「映画を観るんじゃないんですか?」
グリスの質問に、主が説明をする。
「動画系って、私のペースに合わないんですよー。
ただ観てるだけだと、ものすごく退屈なんですー。
だから映画は必ず、他の何かをしながら観るんですー。」
はあーーー、と驚くグリス。
「リオンはこれを嫌がるんで、困るんですよねー。
この前のヤツのお気に入りのDVD観賞の時なんて、激怒されてー。
私、アニメは観ないけど付き合ってやったのにー。」
そりゃあ怒る人もいるだろう、と内心思うグリス。
主がグダグダ言ってる内に、本編が始まった。
「あの・・・、主様、言葉がわからないんですが・・・。」
とまどうグリスに、主がハッとした。
「あ、ごめんごめんー。
いや、リオンが日本語読み聞き出来るんで、忘れてましたー。
あいつ、ゲームやアニメのために猛勉強したんだとー。」
それ凄いですね! と、感心するグリス。
「ほんっと、筋金入りですよねー。
この映画、日本語オンリーなんで通訳しますねー。」
そう言うと主は映画の会話の通訳に加え、状況の解説も始めた。
「ここは日本の介護サービスの、多分公的機関ですねー。
『担当の○○さんが来てないんだよ。
連絡も取れないんで、きみ代わりに行ってくれる?』
『え・・・、でも私これから用事があって』
『そんな事言わないで、今日だけ! 頼む!』
ここは日本の首都の東京の住宅街ですねー。
ちょっと古い町並みで、新興住宅地じゃないですー。」
雑誌を読みながらの解説に、グリスは驚愕した。
「主様、凄いですね!」
主は、ちょっと動揺しながらかわした。
「ああー・・・、いや私、これは何度も観てるからー・・・。」
映画はシャレにならないほど、恐い。
話が進むにつれ、グリスはある事に気付いた。
「主様、画面をまったく観ていらっしゃらないですよね?」
主は、ギクリとした様子で答える。
「いや、ほら、雑誌を見てても目の端でわかるでしょー?
ちゃんと把握はしていますよー?」
そうかなあ? と思いつつ、グリスは目だけで主を観察した。
主は目の端で観ているどころか、恐い場面になると
雑誌を微妙に上げて、画面を避けている。
「主様、それで “観ている” と言えるのですか?」
グリスの突っ込みに、主が切れた。
「うっせー! こんな恐い映画、直視できっかよー!
良いじゃんー、話はわかっているんだからー!
あ、ほら、来るぞー! 2階ーっ!」
主が慌てて雑誌に顔をうずめたのを良い事に
グリスは、口を押さえて笑いをかみ殺した。
「・・・さすがに同時通訳は疲れるわー・・・。」
「・・・ものすごく恐い映画でしたね・・・。
リオンさんが怒り出すのも理解できました。」
グッタリとするふたり。
「今日もう1本観ようと思ったけど、また今度にしましょうー。
付き合ってくれますよねー?」
“付き合ってくれますよね”
まさか主様がこんな言葉をおっしゃってくれるとは!
グリスは呪怨の疲れも吹っ飛び、懲りずに再び舞い上がる。
「はい、もちろんです!」
「・・・元気がええのおー・・・。」
グリスが部屋を出ようとしたら、主がコントローラーを出した。
「ゲームをなさるんですか?
お疲れになったでしょうに。」
「アホウー!
あんな恐い映画を観た後に、すぐ寝られるかいー!
気分を変えんと、うなされるわー!」
グリスはひとりクスクスと笑いながら、自室へ戻った。
その様子は監視カメラにバッチリ映っていて
監視員たちは、顔を見合わせて不思議そうな表情をした。
続く
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