かげふみ 41

さて、カメラマンのマデレン。
いたんか? って感じだが、ちゃんといる。
毎日、主を追うとともに、館中を撮影している。
 
自分を無機物だと思ってくれ、の言葉通り
存在を消しつつ、気が付いたらそこにいた、という具合である。
 
 
このマデレンなら、主の変化にも気付いているに違いない
そう思い、グリスはマデレンを探した。
 
ところが探すと、どこにもいない。
館の敷地中を、推理ゲームのごとく訪ね歩いて
やっと見つけたのは、何と村の外れの道端だった。
 
 
「あら、次期様、ここで何をなさっていらっしゃるんですか?」
マデレンがグリスを見付けて、手を振りながら訊く。
「それはこっちが訊きたいですよ。
 こんなところで何をなさっているんです?」
 
マデレンは足元を指して言った。
「ほら、アスファルトがここまで伸びているでしょう?
 この村は、以前はボコボコの整地されていない道だったんですよ。
 でも館産の品の販売が村で始まって、人が来るようになってから
 道路も徐々に整備されてきているんですね。」
 
「主様の改革が、こんなところにまで影響を及ぼしているんですか。
 凄い事ですね。」
グリスのいつもの主様凄い発言に、マデレンはちょっと笑った。
 
「で、主様がどうかなさったんですか?」
「何故、主様の事だとわかるんです?」
やれやれ、この坊ちゃんは天然ですか、マデレンは内心呆れた。
 
 
グリスの話を聞いて、マデレンは思案した。
次期様の不安は、いずれ現実のものとなる。
だけどそれが明日なのか10年後なのかはわからない。
その間ずっと、来るであろう事に怯えるのは生産的ではない。
 
それは次期様にもわかっていらっしゃる事であろう
聡明なお方だし。
だけどお若いから、不安を拭えないのだ。
 
 
「主様は確かに最近、お変わりになられたと思いますよ。」
マデレンの言葉に、グリスは落胆した。
「やっぱり、あなたもそう思いますか・・・。」
 
「ええ。
 だけど、それには理由があるんですよ。」
「理由?」
 
「はい。
 主様はあの態度ゆえに、ダラけているという印象がありますけど
 実はとても合理的なお方なのですよ。」
マデレンが村の方へと歩き出したので、グリスも歩調を合わせた。
 
 
「主様は手ぶらでは動かないお方なのです。
 必ず次の事、その次の次の事を見越して動いていらっしゃる。
 たとえば総務部に書類を持って行く時にも
 経理部への明日用の書類をついでに持って行く、といったように。
 明日する事は今日する、といったお方なんですね。」
マデレンがカラカラ笑った。
 
「それがこの前、通り過ぎる瞬間に何かを思い出されたのか
 棚からファイルを取りながら歩いて行こうとなされて
 わき腹の筋を傷めてしまわれたんですよ。」
 
「えっ、そんな事が?」
「いえ、医務室でシップを貼ってもらって
 すぐ治ったようなんですけど
 『もうセカセカしない!』 と怒ってらっしゃって。」
グリスもちょっと吹き出す。
 
「それで、ゆっくり動くように心掛けていらっしゃるみたいですよ。
 次期様には、それが “衰えた” と映るのではないですか?」
「・・・そうでしょうか・・・。」
 
「あのお方はせっかちすぎますので
 ゆっくりぐらいで、普通の人と同じなんですよ。」
 
 
グリスは考え込んだ。
そう言われると、そうかも知れない。
 
「ゆっくり動くようになさってからの主様は評判良いですよ。
 上品に見えるみたいなんですね。
 デイジーさんなんか、『透明感溢れる気品』 だと言ってるし。」
 
「透明感・・・?」
グリスは、その単語に不吉なものを感じたようで
表情を突然、曇らせた。
 
 
「次期様、主様の事を案じるお気持ちはわかります。
 その不安も。」
マデレンはズバリ核心を突いた。
 
「私もカメラマンとして、色んな状況に立ち会ってきましたけど
 死ぬ人というのは、特有の雰囲気を持つんです。
 それは・・・、死臭とでも言うものでしょうか
 死臭と言っても、実際の匂いとかじゃないんです。
 “影が薄い” とか、そういうものでもないんですよ。
 何というか・・・、とにかくわかるんですよ。」
 
「主様は大丈夫だと思いますか?」
グリスの不安そうな表情に、マデレンは断言した。
 
「私の拝見する限り、主様は大丈夫です。
 主様は停滞していらっしゃらない、という事だと思います。
 本当に底知れぬお方ですよね。」
 
 
グリスの表情が明るくなった。
「マデレンさん、ありがとうございました。
 ずっと心配だったのが、落ち着きました。
 みっともないところを見せて、恥ずかしいです。」
 
「いえいえ、そのご心配はよくわかります。
 私に答えられる事なら、いつでも構いませんから話に来てくださいね。」
 
 
まだ村を撮る予定のマデレンと別れて、グリスは館に戻って行った。
村を歩きながら、マデレンの表情は逆に沈みこんでいた。
 
私の話は本当に経験した事なんだけど、万人に当てはまるわけではない。
特にあの主様のような特殊なお方は、どうなるかわからない。
だけど若者が未来を案じて悩み暮らすなど、させてはならない。
 
主様を失った時、彼はどうなるのだろう・・・。
 
 
 続く 
 
 
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Comments

“かげふみ 41” への2件のフィードバック

  1. けるのアバター
    ける

    よかった~、デイジー、忘れられてなくて!笑
    まぁ、あまり好きなキャラじゃないんですけどね(^_^;)

  2. あしゅのアバター
    あしゅ

    けるちゃん・・・、
    実は忘れてるキャラがいるんだ。
    グリスのお世話係、マリー。

    ・・・出す展開がない・・・。

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