かげふみ 43

空がドンヨリと重く、風が強くなってきた。
「うー、今日も寒いのお、もうすぐ雪も終わる時期なのにのお。」
鼻の頭を真っ赤にして、ジジイが執務室に入ってきた。
 
「あれ? リリーちゃんだけかい。
 主やグリスはどこ行っとる?」
「主様はリハビリ室でマッサージを、
 次期様は販売所設置の件で、街の方へ行ってらっしゃいます。」
「ほお、クリスタルシティへか。」
「はい。」
 
そこへ戻ってきた主が、ドアを開けるなりつぶやいた。
「ああー・・・、見えるはずのない人が見えるー・・・
 霊感が発達したのかー?」
「わしゃ、霊か!」
 
 
ソファーでくつろぎながら、ジジイと主が茶を飲む。
何年も何年も繰り返されてきた光景である。
 
「館の商売は順調に伸びているようじゃの。」
「ええ、当初の予定よりもずっとスムーズでしたねー。」
「あれから事件も起きとらんし。」
「こんなに穏やかな日々が続くなんて、嬉しい誤算ですよねー。」
 
「すべては順調、ようやくこの館にも平和が訪れたか・・・。」
「あとは私のポックリ待ちですねー。」
「あんた・・・、それをあまり言うでない。」
「でも目的達成には欠かせない要素でしょー。」
「グリスはあんたのその無神経さに傷付いておるぞ。」
「はあー・・・、やれやれー
 あのガキはいつまで経ってもメソメソですかいー。」
 
 
一向に反省の色のない主に、ジジイが少し怒って突っ込む。
「グリスと言えば、あんた最近グリスをコキ使っているようじゃな。」
「私の仕事は全部覚えてもらわないといけませんから
 仕事の量自体は増えているでしょうよー。」
 
「仕事量じゃなく、問題はあんたの態度じゃよ。
 あんた、自分が家畜のように扱われたらどう思う?」
「興奮しますねー。」
主が真顔で言う。
「「 ・・・・・・・・・・・・・・ 」」
ジジイとリリーが目を見開いて絶句した。
 
「冗談ですよー。」
主が真顔で言う。
 
「・・・あんたの冗談は、ほんと恐いぞ!」
「あははー、すいませんー。」
主が真顔で言う。
 
 
でも、主様のおっしゃる事も、あながち冗談ではないかも知れない・・・
リリーは思った。
主様に指図されている時の次期様は、幸せそうにしていらっしゃる
これがおふたりの愛の形だと思えなくもないほどに。
 
そこまで考えて、リリーはそれを打ち消した。
いけないけない、リオン様の特殊嗜好に毒されたみたいだわ。
でも、ここに次期様がいらっしゃったら
「嬉しいです!」 などと、爽やかに答えて
主様に嫌がられるでしょうね。
リリーは笑いを噛み殺し、キーボードを打ち始めた。
 
 
リオンは選挙に見事に勝ち、市議会議員になっていた。
そのせいで多忙になり、館に来る回数も減った。
と言っても、以前は週に2~3回だったのが、1~2回になった程度である。
 
「“忙しい” など、愚者の言い訳でーす。
 時間は空くものではなく、作るものなんでーすよ。」
そう言いつつ。
 
 
「世は万事、事もなし、・・・か・・・。」
ジジイが遠い目をしながら茶を飲むのを見て、主が冷たく訊く。
「で、あんたは何の用ですかいー。」
 
「用がなきゃ来ちゃいかんのかね?」
「当たり前だろー。」
「ええっ、リリーちゃん、主がひどい事を言うーーーっ。」
抱きつこうとするジジイに、リリーが無言でスタンガンを出す。
 
「はあ・・・、うちの女性たちはきっついのお・・・。」
「矢を6本仕込むおめえが何を言うー。」
「おっ、まだ覚えとったんかね?」
「殺されかけた事は、普通忘れたくても忘れんと思いますがー?」
 
「あの頃は大変じゃったのお。」
「あんたにそれを言う資格はないと思いますがねー。」
ジジイはふぉっふぉっふぉっと笑った。
 
 
昔話に花が咲くようになるのは、老いた証拠である。
 
と言っても、このふたりの場合は
一方的にジジイが責められる展開になるのが常なので
“花” などというファンシーな雰囲気ではないのだが。
 
 
「にしても、あんた、そう安穏としてるとボケますよー?
 まさか、もうボケ始めじゃないでしょうねー?
 やめてくださいよー、まったくー。」
 
主の、汚いものを見るような目付きに、ジジイは不安になった。
「・・・あんた、わしがボケたらひどい仕打ちをしそうじゃな・・・。」
「そりゃもう、正気になるまで冷水をかけてムチ打ちですよー。」
その言葉に、思わずムセ込むジジイ。
「本当にやりそうで恐いわ!」
 
「閉じ込めるんじゃなく、しばき倒すのが私の愛ですよー。」
ニヤッとほくそ笑む主に、ジジイがゾッとする。
「あんた、最近穏やかになったという噂じゃったが、変わっとらんなあ。」
「人の本性なんて、そう変わるもんじゃありませんってー。」
 
 
ジジイが、ふと思い付くいて訊く。
「じゃ、また襲撃計画が浮かび上がってきたらどうする?」
 
「話し合いますねー。」
「で、ムダじゃったら?」
「それでも話し合いますねー。」
「で、決裂したら?」
「大人しく討たれますよー。」
 
 
「ふうむ、やはり変わったのお。」
ジジイの言葉に、主は言った。
 
「もう未来は育ってるんですからねー。」
 
 
 続く 
 
 
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