かげふみ 45

葬儀の後、ジジイは主の事務室に座っていた。
主がいなくなった暗い部屋の中に、ただジッと。
 
何をする気にもなれない。
主の死を知った瞬間から、ロクに飲食もしていなかった。
 
 
わしより先に逝くなど、思ってもみない事じゃったわい。
あやつには最後まで驚かされる。
 
じゃが・・・、さすがのわしも参った・・・。
泉の水が枯れたような気分じゃ・・・。
あの時の主も、こういう気持ちじゃったんじゃろうか。
わしは主の気持ちもわからず、励ますばかりで・・・。
 
ジジイが後悔と懺悔を繰り返していると、ノックの音がした。
「すみません、元様、緊急事態ですので・・・。」
 
 
ジジイがツカツカと廊下をやってきた。
ドアの前に立っていたタリスは、その形相に無言で横に退いた。
 
ドアを開けると、グリスはベッドに突っ伏して泣いていた。
ジジイは、グリスの襟を掴んで引き上げた。
老人とは思えない、ものすごい力である。
 
拳でグリスの頬を思いっきり殴った。
その強さは、グリスが床に叩きつけられるほどだった。
 
「ローズを失った主は、2ヶ月で立ち直った。
 グリス、おまえは男じゃから1ヶ月でどうにかせえ。
 よいか、グリス、必ず立ち直れ!
 主の拓いた道を閉ざすでない!!!」
 
 
そう怒鳴ると、厳しい顔で部屋を出て行った。
グリスが殴られた頬を押さえて、混乱していると
館内放送が鳴った。
ジジイの怒りに満ちた声が響き渡る。
 
「主代行じゃ。
 主の世話係のデイジーが自殺した。
 遺書で主の死を嘆いておった。
 主があれだけ言っていた事を忘れたか!
 よいか、皆、殉死など許さん!
 主の教えを守りぬけ!」
 
少し間を空け、放送が続く。
「これより30日間、この館は喪に服する。
 その間、派手な事は慎んで、主の死を思う存分に悲しもう。
 しかしそれが過ぎたら、また動き始めよう。
 この館を停止させてはならん。
 主の死を悲しいと思う者なら、主の残したものを大切にしようぞ。」
 
 
デイジーさんが死んだ・・・。
グリスはショックを受けたが、その気持ちも痛いほどに理解できた。
 
わかってる。 自分のすべき事はわかってるんだ。
でもあのお方を失って、どうして自分が生きていられる?
グリスは再び、号泣し始めた。
 
その声は、ドアの外のタリスにも聴こえたが
どうする事も出来ず、タリスも溢れてくる涙を拭うしか出来なかった。
 
 
 続く 
 
 
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