館がいつもの日々を取り戻した頃
長老会管轄のクリスタルシティのスタジオでは
主の映像の編集が行われていた。
主の偶像化という計画を進めるためである。
「それで切った貼ったは上手くいっとるのかね?」
長老会の定例会議の最近の話題はそれである。
「それが中々困難のようですよ。
何せ、“あの” 主ですからね。」
「無表情で笑顔が少ない “あの” 主ですもんねえ。」
「さぞかしあくどい顔をした場面が多いだろうな。」
「マデレンも大変だろうな。」
皆で、はっはっはっと笑う。
「だけど、あの表情も今となっては懐かしいですよね。」
「ああ。 当時は憎らしく思える事もあったもんだが・・・。」
ひとりが言い出すと、皆がそれに追随する。
「わたくしなんか、『はあー?』 と言われて
上から見下された事もあったんですよ。」
「それを言うなら、わしなぞ、“出歯亀” と罵られたぞ。」
将軍が追いかぶせる。
「待ってくださーい。
私など、罵倒されすぎて覚えていないほどでーす。」
リオンが手を上げると、ジジイがさえぎった。
「そんなもん、わしに敵うヤツはおらんじゃろ。
顔を合わせる度に、『死ねー!』 と言われ続けたんじゃからな!」
おおーーーーー、と、どよめきが起こる。
「良いですねー。」
「それ、言われてみたかったですねえ。」
「そうそう、あのまるで汚いものを見るような冷たい目つきで。」
死人が美化されるのは、ありがちではあるが
ここの場合、何故か特殊な方向に行っている。
ひとしきり言い合った後、誰からともなく溜め息が漏れる。
「惜しい人を亡くしましたね・・・。」
「うむ、あまりにも早すぎた・・・。」
出席しているグリスも、うつむく。
主様、皆あなたをこんなにも愛していらっしゃるんですよ・・・。
これが最近の長老会会議のお決まりのパターンだった。
長老会会議の後、グリスはふと思い立った。
監視カメラにも主様のお姿が録画されているはず。
主の写真は持っているが、動く姿が見たかった。
マデレンの作業の完成を待ちきれない。
グリスは主の映っている映像をピックアップしてもらうよう
監視部にお願いした。
監視部の仕事は早かった。
と言うか、既に “主様動画集” を趣味で作っている者がいたのだ。
それはコピーされて、グリスの元に翌日には届けられた。
自室のパソコンでそれを観ながら、グリスは感慨にふけった。
いついかなる時でも、表情をほとんど変えないが
足取りに気分が表われている。
ふふっ、リハビリ室からの帰りは、ちょっとハツラツとしてらっしゃる。
長老会に行く前は、何となくモタモタして、きっと面倒くさかったんだな。
あっ、寝室に駆け込んでらっしゃる
きっとリオンさんのSOSが入ったんだな。
ああ・・・、主様のいつものクセもちゃんと映っている。
昔からのクセなんだな。
それは主が歩いていて、ひんぱんに左前に首をかしげるクセなのだが
観ていて、ふと気付いた。
グリスはそれを、単なる “クセ” と捉えていたが
主の見る方向には、人がいるのである。
明るい茶色のショートヘアの小太りの女性。
地味過ぎて、視野に入らなかったのだが
館内を移動する時には、いつも主の右後ろにいる。
もしかして、この女性がローズさん・・・?
グリスはローズの姿を見た事がなかった。
バラを愛し菓子を手作りしていた、という話から
たおやかで女性らしい人だというイメージがあったのだが
モニターの中のローズは、ずんぐりむっくりして粗野な冴えない女性に見える。
この女性がローズさんだとしたら・・・
グリスは早戻し早送りを繰り返して確認した。
そうだ! いつも主様の視線の先にはローズさんがいる!
主様のあのクセは、右後ろにいるローズさんを追っていたのだ。
右後ろ?
・・・・・・・右目!!!!!
主様の右目は、ローズさんが亡くなってから見えなくなった、と聞いた。
主様は死ぬまで見えない右目でローズさんを追っていたのだ・・・。
モニターの前で、グリスは愕然とした。
主のローズへの愛情はそれほど強かったのだ、と
思い知らされたような気がした。
あの主様が、こんなにも愛する人がいたとは・・・。
いや、主様に誰がいても関係ない。
ぼくの気持ちは、主様のすべてを愛している。
だったら、ローズさんを愛する主様をも受け入れて当然じゃないか。
そう気持ちを立て直そうとした時に、画面が変わった。
エレベーターの中、主とローズがふたりでいる。
ローズの背後からのアングルで、ローズの表情は見えない。
そこに映っていたのは、ローズの顔を見つめて
子供のように無邪気に笑う主だった。
この映像集の中で唯一の主の笑顔、
いや、グリスが初めて見る、主の笑顔であった。
グリスは知らなかったが、これはローズが飛び降りる直前の画像である。
続く
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かげふみ 48
Comments
“かげふみ 48” への9件のフィードバック
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なにこの話!何回読んでも感動で鳥肌でる!
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ひぐまちゃん、ああああありがとうーーー!
うわ、この後、ほんとすみませんほんとすみません
(ヘンな展開になった時のための、前倒し土下座)出来れば、どのへんが感動なのか感想文をーーー。
いや、どうも読んでる人との
感覚のズレが大きいようで
ちょっと修正したいな、と思って。 -
読んでる人に合わせたら面白さがブレるから、そのまま突き進んてください!!文豪だから大丈夫!!
歯ぎしりの返事書こうと思ったけどチョー時間ないから帰ってから書きます!!
では!!!! -
unaちゃん、ええええええええええ
ノーヒント・クリア、辛いーーーーー!ちょっと、ここでグチるけどさ
今まで宿題の作文ぐらいしか書いた事がなく
小説も読まないんで
決まり事とか、あるのか知らないんだ。右も左もわからずに書いているのは
ものすごく不安なんだよー。
バカガキの頃の卒業文集レベルの
人生の汚点にならねえよな? と。自分が楽しいんで書いてるけど
小心者なんで、文豪だと自己暗示にかけてるんだぞ。ヒント、ヒントーーー!
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ヒント?そんなものは、ありません!
創作活動に不安はつきもの!
無駄に弱気になる必要はナシ!
ただひたすら書くのです!
脇をしめ内角をえぐるように、書くべし!書くべし!
はい、以上です。
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あしゅちゃん、がんばれ~
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unaちゃん、おめえは段平か!
ああ・・・ひぐまちゃんまで・・・。
何そのスパルタ。ここで思ったんだけど
皆と私のズレ、ほんとヤバいと思う。だって私、次に書こうと思っている話が
構想段階でだけど、すっげえ自信作で
むっちゃ長編にする予定なんだ。私が 「面白い!」 と思うという事は
私と気が合わない皆にはつま・・ら・・な・・い・・・?ひいいいいいいいいいいいいいっっっ!!!
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長編が楽しみ!
大丈夫絶対おもしろい! -
ひぐまちゃん、ありがとうー。
次の長編は、黒雪姫シリーズなんだ。
しかも、バラまいた謎のひとつの解明への
序章に過ぎないのに、やたら長くなりそう・・・。あのシリーズ、終わりが見えなくて
気絶しそうだよっ。
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