グリスは反射的に携帯を手にした。
しかし思いとどまって、電話を切った。
これはぼくがひとりで乗り越えなければならない。
いつまで経っても、同じ事で友をわずらわせたらいけない。
ぼくの主様への気持ちは変わらない。
たとえ主様が誰を愛そうと!
頭の中で、自分にそう言い聞かせてはいるが
心がザックリと裂傷を負ったかのように、ズキズキと痛む。
耐えるんだ!
わかっていたじゃないか、主様に愛されていない事など。
電話が鳴った。
アスターからである。
繋がる前に切ったつもりだったが、着信が記録されていたのだろう。
グリスは平静を装って、電話に出た。
あ、ごめん、間違ってプッシュしてしまったんだ
そう言おうと思っていた。
しかし電話に出た瞬間、アスターの優しい声が聴こえてきた。
「どうしたんだい? 何かあったのかい?」
グリスの決心は、一瞬で崩れ去った。
「アスターーーーーー!!!!!」
悲鳴にも近い、涙交じりの声だった。
アスターは、グリスが泣き止むのを電話口で黙って待っていた。
あの寮での出来事が、再現されている。
グリスがこんなに動揺するのは、主様の事以外にない
それもアスターにはよくわかっていた。
グリスはごめんごめんと謝りながら、ひとしきり泣いて落ち着いたらしく
ポツリポツリと、今回の出来事について話し始めた。
「あのお方は、ぼくの気持ちをわかっていながら
平気で無視できる氷のような人だったよ。」
グリスは、少し黙り込んだ後、言った。
「それでもぼくはあのお方の側にいたかったんだ・・・。
でも、ローズさんが、主様の右目と一緒に
心も持って行ってしまっていたんだ・・・。」
アスターには、グリスが自らを責めているように思えた。
ソデにされても、気持ちを止められない自分の心を
情けなく感じているのだろう。
アスターは、慰めるつもりはなかった。
グリスは、それでも幸せだったはずだからだ。
「アスター、ぼくは主様に一度も触れた事がなかったんだ。
引き取られて20年間、ただの一度も。」
その言葉に少し驚いたアスターだったが
何となくその気持ちがわかるような気がした。
「主様は時々、夕日を眺めていらっしゃった。
主様の影が長く伸びているんだ。
後ろにいる、ぼくの足元にまで。」
グリスはその時の事を思い出すかのように目を閉じた。
「ぼくは少し前に出て、手を伸ばして主様の影に触れるんだ。
夕日で赤く染まったぼくの手の平に、主様の影が乗る。
その時だけは、主様を支えている気分になれたんだ・・・。」
アスターの瞳から涙がこぼれ落ちた。
グリスが哀れに思えたからではない。
とてつもなく純粋なものを見せられたように感じたからである。
言葉を失うアスターに、グリスは我に返ったように言った。
「ごめんね、アスター。
自分でもわかっているんだ。
ぼくは全然成長していない。
少しの事で動揺して、きみにこうやって泣きついてしまう。
きみに救われてばっかりだ。
ぼくもきみを救えるような人間になりたい。
頑張るから、どうか許してほしい。」
アスターは、今のきみで良いんだよ、としか答えられなかった。
続く
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かげふみ 49
Comments
“かげふみ 49” への2件のフィードバック
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だから『かげふみ』だったんですね…。
涙出ました。
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百太郎ちゃん、その言葉、嬉しいよー。
ありがとうーーー。私は意味のない事は、あまりしないんだ。
遊び心に欠ける、っちゅうか。
だからタイトルにも意味を付けるんだよ。“イキテレラ” は、このタイトルにした時に
死んだも同然の意思のない女性を
主人公にしよう、と決めたんだ。とか、設定とかの話はしらけるんかな?
自重だな。
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