電話を切った後に、アスターは泣いた。
喜びや悲しみ、色んな感情が溢れてどうしようもなくなったのだ。
グリス、ぼくはきみが羨ましいよ。
拒絶されても側にいられたんだから。
ぼくはきみにとって、主様のローズさんのようになりたい。
ぼくにはその道しか残っていない。
だからぼくには、きみの成長を望まない心があるんだ。
それが時々、とてつもなく汚いものに思えて苦しいんだ・・・。
リオンの別荘に招待された時に
実はアスターは、主とふたりだけで話す機会を得ていた。
それぞれが入浴などをしている時に
偶然、バルコニーにいた主を見つけたのである。
アスターは、そのチャンスを逃さなかった。
主に同席の許可を貰ったが、なかなか言葉を出せずにいた。
すると意外にも、主から話しかけてきた。
「欲しいけど、手に入れる事が出来ない
と、わかっているものが手に入ったら
その後って幸せなんですかねー?」
「・・・また、他の何かを探していけば・・・」
「至上の幸福を得たら、他に欲しいものなどないですよねー?」
アスターは聡明な受け答えをした。
「では、至上の幸福では人は幸せにはなれない、と
おっしゃりたいんですか?」
「逆に言えば、手に入らないからこそ
それが至上に思えるんじゃないですかねー。」
アスターの視線に、主が合わせた。
間近で見る主の瞳は、真っ黒だった。
アスターには、目の前の人間が “正しいもの” に思えなかった。
その時は、わからなかったけど
今になって思い返すと、見えてくる事もある。
“至上の幸福” なんて、この世じゃありえない。
そんなもの、まるで邪悪な囁きも同然じゃないか。
それにしても、あの暗い瞳・・・
まるでグリスは、主様のあの影に囚われたような
ふとアスターがそう思った時に、脳裏で何かがはじけた。
もしかして、主様がぼくにおっしゃりたかったのは
“グリスの想いは叶わない” という事だったのかも知れない。
アスターは絶句した。
何という、残酷な人なんだろう。
まとまらない考えに、混乱した頭を抱えながらも
ただひとつ、確信できる事があった。
あの時、主様が何をおっしゃりたいのか理解できず
ただ主様を見つめるだけしか出来なかったぼくの左手に
主様が触れようとなさった。
だけど途中でひどく動揺なさった様子になり
その手を止め、そのまま立ち去ってしまった。
ぼくはその瞬間、きっと脅えた表情になっていたんだ。
あの時のぼくには、主様がものすごく恐ろしいものに思えたんだ。
もし主様がぼくの手を取ってくださっていたら・・・。
グリス・・・、ぼくは愛を見た気がするんだ。
想像もしていなかった、イビツな形だけど。
それでもあれは愛だと思うんだ。
だけどぼくは、それを肯定したくない・・・。
グリスの愛、主の愛、そしてアスターの愛。
誰の愛も、喜びと共に悲しみをもたらしている。
だけど愛さないより、愛した方が幸せなのだろう。
続く
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