かげふみ 54

「館はクリスタル州の善意であると同時に、恥部でしーた。
 我々の祖先は、元犯罪者を保護しようとしましーたが
 結局は手に負えず、放置してしまう結果になったのでーす。」
 
リオンは州議会に呼ばれて、“説明” をしていた。
館の広報活動で、全国にその存在が徐々に知られ始め
州としても無視は出来なくなったのである。
 
 
あの日の長老会議の後、グリスは館で説明をした。
住人だけじゃなく村人も一同に講堂に集め
主のインタビュー映像を見せた。
 
「主様は、志半ばで亡くなったと思っていらっしゃるようです。
 ぼくに “皆さんの事を頼む” と、おっしゃっていたからです。
 しかし、主様の改革は達成していた、とぼくは思います。
 この館と皆さんを見れば、それは一目瞭然です。」
 
演説慣れをしていないため、紙を見ながら一生懸命に喋るグリスが
皆の目には逆に誠実に映った。
 
 
「館はこれから、国に認めてもらわなければなりません。
 生まれ変わったぼくたちを、社会に受け入れてもらうのです。
 ぼくはそれを主様に託されました。
 『この館の過去の罪は全部、私が墓まで持っていくから
 私が死んだあ・・・と・・・に・・・』」
 
ここまで言うと、グリスは涙が溢れ言葉に詰まった。
「管理様、頑張って。」
住人から声が飛ぶ。
 
グリスは、ちょっと微笑んで涙を拭った。
「すみません、いつまで経ってもメソメソして・・・。」
「わかるよ、俺らだって毎日悲しんでるよ。」
 
住人たちも涙を拭う。
集団心理というのは、感情を暴走させやすいが
この場合は、それが管理側にとってはありがたい流れである。
 
 
「ぼくは・・・、ぼくは皆さんのために生きるよう
 主様に育てられました。
 その使命を、力の限り果たしていくつもりです。
 どうか皆さん、ご協力をお願いいたします。」
 
「私らは何をすれば良いんですか?」
住人のひとりが質問をした。
 
「いつも通りで良いんです。
 ただこれから、館が知られるにつれて
 訪問者や観光客が増えると予想されます。
 その方々に、ぼくたちの今の姿を誤解なく知ってもらうよう
 案内や説明などをお願いしたいのです。」
 
 
「館にも売店を作ったら良いんじゃないか?」
住人の意見に、グリスがパッとほころんだ。
「ああ、それは良い考えですね。
 早速、事務部にかけ合ってみます、ありがとうございます。」
 
「希望者で案内係を募ればどうだろう?」
「喫茶室のようなものも必要じゃないかねえ。」
「講堂でずっと主様の映像を流すのは?」
「玄関ホールに主様のお写真を飾るべきだよ。」
「村に宿泊施設を充実させてほしいのお。」
「南側の道を整備しないと。」
 
住人や村人からは、次々に案が出される。
グリスはそれをひとつひとつ手元の紙に書いていく。
 
 
「皆さん、本当にありがとうございます。
 これらの提案を、長老会議で申し出てみます。
 主様は、皆さんを誇りに思っていらっしゃると思います。
 ぼくも皆さんと一緒にいられる事が、本当に嬉しいです。
 どうかこれからも、未熟なぼくを助けてください。」
 
たどたどしい言葉で、情けない〆をするグリスに
住人たちは保護欲をかきたてられた。
 
 
主が揺るぎない信念で押さえつけて、成した改革が
今度は住人たちによる、“管理者を守ろう” という
意識によって支えられる。
 
主の後を追って追って、主にはなれない、と絶望してきたグリスだが
実は彼は、主にはない武器を持っていたのである。
 
無意識なゆえに、その武器は一層研ぎ澄まされていた。
その威力が通用しなかったのは、主のみであっただけの事。
 
 
 続く 
 
 
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