かげふみ 55

州議会では、館への追求は控えられた。
館の収支報告書を読み、予算を決めているのは州議会なので
州の議員なら、全員が館の事を知っていて当たり前だからである。
 
そもそも、長老会が世襲制になったのも
当時の州の富裕層が、“高貴なる義務” として
寄付と運営の担当を押し付けられたものである。
彼らは、その伝統を受け継いで守っているに過ぎない。
 
だから州議会では、事を荒立てるつもりはなかった。
館が更生して社会に溶け込めるのなら、それに越した事はない。
なのに州知事だけが、館を潰すと息巻いている。
 
 
「館が邪魔になる理由とは何でしょう?」
「うーむ・・・。」
長老会メンバーたちは、頭をひねった。
 
「あの、ちょっと質問なんですが・・・。」
手を上げたのはグリスであった。
「何ですか?」
 
「館の近所の鉱山は、どこの管轄なんですか?」
「あそこはシティの管轄だが、それがどうかしたかね?」
 
「村の人が言ってたんですけど
 偉そうな人たちが来て、村の食堂で食事をして帰ったそうなんです。
 それが、クリスタル州のなまりじゃなかった
 どうも首都あたりから鉱山を見に来てたようだ、と。」
 
 
この話に、将軍の眉間がシワを寄せた。
「それはいつ頃の話だね?」
「えー・・・、主様の死後なのは確かですが・・・。」
 
「鉱山が狙いなんでしょうかね?」
「いや、あの鉱山は今も採掘はしているが
 一時期に比べて、そう採算が取れるとも思えんものだぞ。」
「でも妙に引っ掛かるものがありますよね・・・。」
 
「とにかく、調べてみましょうか。」
「何の手掛かりもないですからね。」
 
 
「じゃあ、わしは本を出版するぞ。」
ジジイがやおら立ち上がった。
 
「もうですか?」
「うむ。 主が信条にしていた、“先手先手” じゃ。
 わしが矢面に立っとる間に、調査を済ませてくれ。」
 
「そうしましょう。
 敵に対して、ひとつずつ順番にやっていくほど
 我々も親切ではありませんからね。」
「じゃあ、わしら古参たちは矢面準備じゃな。
 実際に動くのは次世代諸君に任せるぞ。」
 
 
白髪のメンバーの言葉に、他の年寄りメンバーたちが嘆いた。
「処刑待機とは、寂しいもんですな。」
 
「武士道は桜のごとし、じゃと。」
ジジイが穏やかな目で語り始めた。
 
「桜という木の花は、ジワジワと咲き始めて
 気付いた時には満開を過ぎて、既に散り始めてしまっている。
 しかし、その一瞬で終わる散り様だからこそ
 より一層に美しいのだそうじゃ。
 人間そう生きたいものだ、と主は言っておった。」
 
「ううむ、ザツなようでいて、時々繊細な事を言いますね、主は。」
長老たちが、唸る。
 
 
「主様は、常に己にしか
 やいばを向けていらっしゃらなかったのだと思います。」
グリスの言葉に、皆が驚く。
「あれでかね!」
 
「はい。
 私たちは、みね打ちをされていただけだと・・・。
 だから、その刃の繊細さに気付かなかったんだと思います。」
 
ジジイの言葉にもグリスの言葉にも
納得させられるような、違うような
そんな複雑な気持ちで、メンバーたちは考え込んでしまった。
 
“みね打ち” で骨が砕ける事もあるとは
日本人ではない彼らは知らない、衝撃の事実。
 
 
「では、散る準備をするか。」
よっこいしょ、と古参メンバーたちは腰を上げた。
 
「終わりを見据えるというのは、辛いものだな。」
 
 
 続く 
 
 
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