かげふみ 59

葬儀での全員の悲しみを撮ったマデレンは
ジジイの最期も撮っていた。
 
 
「あっ、マデレンさん。」
住人の女性がマデレンに駆け寄るところから、シーンは始まっている。
 
「何だか元様の様子がおかしいんだけど・・・。」
マデレンのカメラは、ジジイの背中を写した。
 
「SPが付いてるから大丈夫ですよ。
 私も後を追いますから、心配しないで。」
マデレンの声が入っている。
 
 
ジジイはいつも、キレイな服を着せられていたが
今日はいつにも増して、カッチリとしたスーツ姿に
靴もピカピカに磨き上げられていた。
 
わき目も振らずに、堂々と歩いて行くその姿に
マデレンは、“目的” を感じた。
 
「私にはわかりました。
 これが最期なんだ、と。
 わかるんです、カメラを覗いているとそういうのが。
 ・・・主様の時は意外でしたけど・・・。」
マデレンは即座にジジイを追った動機を、こう語った。
 
 
ジジイは主の墓の前に立った。
「えらい良い夢を見とったような気がするんじゃが
 起こしたのは、あんたかね?」
 
ジジイは主の墓標に向かって喋り始めた。
「・・・そうじゃなあ・・・。
 いつまでもこうしていると、あんたに怒られるじゃろうな。
 『ジジイ、ボケてんじゃねえよー!』 ってな。」
ジジイは穏やかに微笑んだ。
 
「グリスには辛い想いばかりさせて、本当に申し訳ないと思っておる。
 じゃが、館中があの子を愛しておる。
 だから大丈夫じゃろう。」
 
 
ジジイは主の墓の前で、しばらく館の方を眺めていた。
何故、別れはいつも “春” と呼ばれる季節なのだろう
気持ちの良い風が、そよそよと吹いている。
 
ジジイは目を細めて、館の風を味わっているようだった。
そして主の墓に視線を戻して、また話しかけた。
 
「あんたにはバラがおるから、わしには桜が良いのお。
 本場の日本には、“千本桜” というのがあるらしいのお。
 それが散るさまは、さぞかし見事じゃろうなあ・・・。
 それをおねだりは、ちょっと無理かも知れんが
 うちには品位のない権力者がおるんで、不可能ではないな。」
はっはっはっ と声を上げて豪快に笑った。
 
 
「さて、そろそろ行くかの。」
 
「うっ・・・」
マデレンの嗚咽がかすかに入って、一瞬画面が揺れた。
 
 
こんな奇跡を見るのは初めてである。
自分の死を知って、制御する事が可能なのか?
 
ジジイは、大木が倒れるように前に沈んだ。
 
SPもマデレンも、助けようとしなかったのは
倒れてなお、カッと見開いたその瞳が
命がもう、そこにはない事を示していたからである。
 
誰もしばらく、ジジイの側には近寄れなかった。
 
 
この映像を観た誰もが、驚愕した。
尊厳ある死を目撃した気分になった。
 
「葬儀の映像とともに、この映像も流します。」
マデレンは、プロに徹したというより
ジジイの立派な最期を、多くの人に誇りたかったのである。
 
 
ジジイは、歴代の主の墓の並びに眠っている。
その隣には、いずれグリスが来る。
 
 
 続く 
 
 
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