かげふみ 60

「私の後任の手配を、長老会にお願いしました。」
リリーがこう言い出したのは
ジジイの葬儀後、1ヶ月ほどしてからである。
 
「え・・・? まさかお辞めにはなりませんよね?」
グリスが事務の手を止めて、不安そうに訊く。
 
「はい、後任に仕事を徐々に教えておきたいのです。
 私は死ぬまでお仕えします。」
リリーの答を聞いて、ホッとするグリス。
 
「ですけど、私も必ず先に死にますよ。」
リリーの縁起でもない言葉に、グリスは真面目な顔でうなずいた。
「はい。 わかっております。
 だけど・・・、出来るだけ長く側にいてくださいね?」
 
「努力いたします。」
いつものように冷たい口調でリリーが答えた。
 
 
「お忙しい中、ありがとうございます。」
リオンを前に、頭を下げたのはアスターであった。
 
「いいえー、グリスくんの親友の頼みなら
 聞かないわけにはいかないでーすからねえ。」
 
 
アスターはリオンに、“面接” を申し出ていたのである。
主の葬儀の後、国中を騒がせた館スキャンダルによって知った
館の意味と、主たちの素性には驚かされたが
それでも遠くからグリスを見守ろう、と我慢していた。
 
しかし祖父とも呼べるジジイが死んだグリスの孤独を考えると
いたたまれなくなったのである。
 
何よりここを逃したら、もう一生グリスの側に行ける可能性はなくなる
そんな気がしたので、アスターは思い切ってリオンにすがる事にした。
 
 
「しかし、館は基本的に
 クリスタル州の人間にしか関われませーんしねえ。」
そう言われる事は、アスターは予想していた。
 
「はい。
 でも、私は主様に頼まれたのです。
 グリスの側にいてやってくれ、と。」
 
リオンの目が光った。
「それは本当でーすか?」
アスターの口元に、一瞬だけ動揺の歪みが現れる。
「は、はい、別荘に招待していただいた時に・・・。」
 
 
アスターは、主とふたりきりになった時の事を
正直にリオンに話した。
 
「都合の良い解釈かも知れませんが
 私にはどうしても、主様はあの時
 『グリスを頼む』 と、おっしゃってた、としか思えないのです。」
 
リオンはそれには答えずに、履歴書を見ていた。
「ほお? あなたは弁護士資格を持っているのでーすね?」
「・・・はい・・・。」
話を聞いてもらえない、と感じたアスターは力なく答えた。
 
 
「館でグリスの側にいたいのなら、主を盲信しなければなりませーん。
 それが、条件でーす。」
「私は主様を尊敬しております!」
 
慌てて言いつくろったアスターを、リオンは容赦なく斬った。
「それは嘘でーすねえ。
 あなたは主を信じていませーん。
 現に、主がその時にあなたに伝えたかった事を
 あなたは確信していませーん。」
 
「リオンさんにはわかるのですか?」
リオンはただ微笑むだけで、ケーキを頬張った。
 
 
主はストレートな人でーすから、無意味な謎掛けはしませーん。
本当にアスターくんを、館に連れて来たかったのでしょーう。
 
それを口にしなかったのは、人任せにする罪悪感でしょーうねえ。
散々グリスくんを放置してきたあげくに
アスターくんのキャリアをムダにさせて平気なほど
無責任な人でもありませーんしねえ。
 
この子は主を知らないので、拒絶しちゃったんでしょーうね。
そして、それを主が珍しく敏感に察知した
と、いったところでしょーうかねえ。
 
 
リオンは目の前に暗い顔で座っている若者を、チラリと見た。
惜しいでーすねえ。
この子に、もうちょっと狡猾さがあったら
グリスくんは安泰なんでーすがねえ。
 
ああ、もったいない、もったいない、と。
リオンは2個目のケーキにフォークを刺した。
 
 
 続く 
 
 
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