王が公爵家の娘の寝室に入って来た。
公爵家の娘はお辞儀をして迎える。
いつもなら、王は無言で隣の部屋へと続くドアに向かう。
しかし、その夜の王は、公爵家の娘の前を通り過ぎた後に立ち止まった。
「話は聞いたぞ。」
「・・・申し訳ございません。
焦るあまりの、あたくしの失態です・・・。」
「いや、構わぬ。
そなたの思う通りにやって良い。」
公爵家の娘は少しとまどったが、思い切って口にした。
「では、件の者たちの処理は
あたくしに任せていただけますでしょうか?」
王は即答した。
「うむ。 そなたの昔からの召使いたちだからな。」
「ご存知でしたか・・・。」
「王妃は泣き暮らしておる。」
「・・・申し訳ございません・・・。」
「そなたが口にしているその肉も、元は命ある生き物なのだと言ったら
野菜しか食べなくなってしまった。」
王は笑ったが、公爵家の娘は胸が押さえ付けられたように息が苦しくなった。
「・・・お綺麗なお方で・・・。」
やっと発した言葉に、王は無言だった。
お辞儀をしたままの公爵家の娘の瞳から、じゅうたんに零れ落ちた雫の音が
背中を向けた王に聞こえるはずもない。
ドレスを摘まむ手の震えが、見えるはずもない。
無言で立ち止まっている王の足に
少し力が入ったのがわかった公爵家の娘は
お願い、振り向かないで! と、目をギュッとつぶって祈った。
どれだけの時間、そうしていたのだろう。
「そなたに望みがあるのなら何事も叶える、と誓おう。」
それだけを言うと、王は公爵家の娘の返事を待たずに
ドアの向こうへと消えていった。
公爵家の娘はしばらくお辞儀をしたまま、ただ足元を眺めていた。
頬には次々に涙が伝う。
その理由は、公爵家の娘にもわからなかった。
静まり返った夜中。
公爵家の娘はソッと起き上がる。
ドアを開けると、従者が既に待機していた。
見回りの兵の死角をたどりながら、地下の牢へと急ぐ。
「姫さま!」
牢の中の召使いたちの驚きを、シッと制す。
「おまえたちは明日の早朝には、刑務場へと移され
数日のち、断首される。
だから今宵しか逃げる時間はない。
この手紙を持って、西国に滞在しているあたくしの父の元へお行き。
長年仕えてくれたおまえたちを、悪いようにはしないから。」
「姫さま・・・。」
「さあ、早く。
この者がおまえたちを案内してくれる。」
立ち去ろうとする公爵家の娘を、召使いのひとりが追いすがる。
「姫さま・・・、どうして・・・。」
公爵家の娘は、足を止める事もしなかった。
「個人のプライドなど、国の存亡に比べたら
取るに足らないものだというのを
あたくしは幼い頃から学んできたのよ。」
その口調は、激しくもなく穏やかでもなく
単なる挨拶のような、普通の言葉を発している口調であった。
召使いたちは、泣き崩れた。
この国で一番、王妃にふさわしいお方が
陰でこのように動くしかないなんて・・・。
公爵家の娘は、さっさと立ち去った。
別れの言葉もなかった。
後日、召使いたちの処刑が決行された。
拷問によって喉を潰された女の囚人たちを身代わりに。
どれだけの暴力を受けたのか
誰とも見分けが付かなくなった、その腫れ上がった顔に
人々は公爵家の娘の権力の大きさを知った。
恐怖とともに。
公爵家の娘の召使いたちは各々、父公爵の計らいで
公爵家と懇意の西国の有力貴族の家に入った。
どこの家にも娘がいたが
“東国の王妃の元召使い” たちの、“私の姫さま” は
生涯ただひとりであった。
続く
関連記事: 継母伝説・二番目の恋 20 12.7.30
継母伝説・二番目の恋 22 12.8.3
継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
小説・目次
コメントを残す