城の図書室には、全国の貴族の歴史の記録が置いてある。
その記録を随時更新するのは、貴族の義務である。
だがどの家も、当然ながら自分に都合の良い歴史しか残さない。
そこで東国の歴史書と合わせて調べるのが、正しい方法であった。
公爵家の娘は、ベイエル伯爵家の歴史を紐解いた。
納税記録には不審な点は見当たらない。
ベイエル伯爵家は、実に正しい維持がなされていた。
これは清廉潔白そのものな家ね、だけど・・・
公爵家の娘は、“公爵家” としての教育を受けていた。
秘密を持ちたければ、疑われないようにしろ、と。
つまりきれいであればあるほど何かを隠している、という事。
ここまで “何もない” のは、逆に怪しいのよね・・・
公爵家の娘は迷った末に、基本に立ち戻る事にした。
“基本に立ち戻る”
貴族の基本は “社交” である。
貴族たちが宮廷に集うのは、国王の下において
各々が持つ役職を遂行して、国の運営をするためでもあるが
自分の家を有利に維持していくために
他の貴族たちとの交流が必要不可欠であるからだ。
領地に引きこもって、その交流をすると
陰でコソコソと反乱を企てている、と思われかねない。
よって貴族たちは王の目の届く宮廷で、堂々と社交をせねばならない。
それは王族も同じ事。
王や王妃も、社交で貴族たちの心を掴み
また、動向を見張るのである。
現王妃は、それがまったく出来なかった。
あの召使いたちの処分の件で
“王妃の振る舞い” というのを学ぶべきだったのだけど
逆に王妃は口を利かなくなり、内にこもってしまった。
あたくしの召使いたちは、ムダ死にしたようなものね・・・
公爵家の娘は、王妃の反応の悪さにイライラさせられた。
今日も公爵家の娘が、華やかに談笑をしている後ろで
王妃が公爵家の娘の背中に張りついている。
最初は言葉がわからないのだ、と黙認されたけど
次第に周囲の目は、王妃への軽蔑へと変わっていった。
ふたりがいても、皆、公爵家の娘にしか挨拶をしない。
それは公爵家の娘にとっても、喜ばしい事ではなかった。
いつも王妃がベッタリだと、動く範囲や喋る内容が限られてしまう。
そして何より、王妃ひとりの教育も出来ないのか、と思われる。
王妃にひとり立ちしてもらわないと
“お友達” である、公爵家の娘が無能だと思われるのである。
なので王は、公爵家の娘を “お友達” から
“側室” へと格上げしたのだろうが
王妃があまりにも、公爵家の娘にしか懐かないので
この状況をどう打開したら良いのか、誰もが困惑していた。
側室である公爵家の娘が、公務をこなしてくれるのなら
元々、次期王妃になる、と世間に思われていた姫だし
使えない王妃は、そのままお飾りで良いではないか
と、ほとんどの者が考えていたが
それを歓迎しない一派も存在している。
その筆頭が、ベイエル伯爵家である。
公爵家の娘が王妃になれなかったのは喜ばしい事であったが
消えずに王の側にいる。
しかも汚らわしい土人の王妃を従えて、権力を伸ばしている。
何とか策を講じて、一時的に公爵を西国に足止め出来たのは良いけど
その間に、公爵家の娘を何とかせねば
公爵家と敵対している身としては、立場が危ぶまれるのだ。
公爵家の娘は、大体の構図はこういうものかしらね、と
グラスを交わす人々を見ながら、考えをまとめた。
召使いの件以来、あたくしを嫌う者も増えたかも知れない。
残酷に近い威厳は、統治者としては当然の資質であるけれど
あの事件を傍観しているほど、ベイエル伯爵が無能だとは思えない。
隙あらば、自分の “益” にしようと画策してるはず。
ふと王に目が行く。
目立った人の輪は、王とベイエル伯爵の2つに分かれている。
そう言えば、ベイエル伯爵は王に追随しない。
公爵家と仲が悪いのなら、王族と組するべきなのに。
王族も公爵家も敵に回して、勝ち目があるのかしら・・・?
公爵家の娘は、ベイエル伯爵の真意を測りかねた。
あら・・・?
公爵家の娘は、ふとある事に気付いた。
が、それは王妃によって、かき消された。
王妃のお腹が鳴ったのである。
「夕食はお食べになりましたの?」
公爵家の娘の問いに、王妃はうつむいて黙っている。
返事も出来ないぐらいにあたくしが恐いのなら、離れていれば良いのに
本当に、この娘にはイラつかされる・・・
公爵家の娘は、召使いを目で呼んだ。
「刻んだフルーツと、オレンジジュースとグラスを。」
「・・・? はい。」
召使いはわけがわからなかったが、“あの” 公爵家の娘の命令である。
とにかく、急ぎ厨房へと走った。
公爵家の娘は、用意されたグラスにフルーツを盛る。
「わ、わたくしどもが致しますから。」
慌てる召使いに言う。
「よい。
これぐらい大した事ではない。」
最後にグラスの中のフルーツに、オレンジジュースをかけて
フォークと共に、スッと王妃に渡した。
「これなら、お食べになれるでしょう?」
思いがけないデザートに、王妃はオドオドしつつも笑顔になった。
その顔を見て、公爵家の娘は気分が悪くなった。
「あたくし、少々疲れましたので
今日は失礼させていただきますわ。」
グラスのフルーツをパクついている王妃にそう伝えると
横に控えている召使いに言った。
「今度から、王妃さまの食卓には
ジュース数種類とフルーツを用意するように。」
部屋に戻るために振り向くと
貴族たちが驚いた表情で、こっちを見ていた。
しまった、あたくし自らが給仕をするなど失態だわ!
公爵家の娘が後悔した通り、人々は驚いていたが
その理由は、公爵家の娘が意外に甲斐甲斐しかったからである。
こういう優しさは、身分の高い者にとっては長所にはならない。
しかし公爵家の娘は、普段の厳しい言動の上
召使い皆殺しの直後だったので、この “愚行” はプラスに働いた。
「あの王妃が懐くだけの事はある」
貴族たちは、そう納得させられたのである。
続く
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