東国全体が、祭に向けてソワソワしていた。
年間を通して、いくつかの大きな祭や行事があるのだが
五穀豊穣を願う春の大祭と、実りを神に感謝する秋の大祭は
数日間に渡って開催される、大きな祭である。
国中の神殿では、神官による祈りが捧げられ
宮廷でも、王を筆頭に大神官たちによる神事が行われる。
だが皆の楽しみは、祭の夜のパーティーであった。
宮廷では毎年、仮装パーティーが開かれる。
宗教心の薄い東国ならではだが
祭期間中の主役は神なので、人間は神の下において平等
とか何とか理由をつけて、要するに普段は規律の乱れに繋がる
と敬遠される、無礼講の身分隠し夜会を
この機会にやっちゃおう、という腹なのだ。
ここに浮かれていられない女性がひとり。
パーティーにうつつをぬかしていられるなんて、羨ましい限りだわ!
そうイラ立つ公爵家の娘は、たとえヒマでもあっても
パーティーは情報収集の場、としか考えない性格であった。
王妃の部屋に入ると、ティレー伯爵夫人が待ち侘びていた。
「ああ、姫さま、お忙しいところを申し訳ございません。」
爪の先まで優雅にお辞儀をするこの伯爵夫人は、王妃の行儀指導の係である。
「いいえ、大丈夫ですわ。
何かトラブルでも?」
一応は訊いたものの、公爵家の娘には事情は読めていた。
王妃も王に付き添って、神事をせねばならないのだ。
秋の大祭の一連の行事を、あの王妃が覚えられるわけがない。
やはり、王妃の役目をあたくしも覚えて
ティレー夫人とふたりで教え込まなくては・・・
公爵家の娘の忙しさは、本来ならば王妃が取り仕切る
祭事の準備を肩代わりしているためで
ここにきて、王妃のせいで更に仕事が増える事を覚悟した。
ところが、事態はその予想の脇をかすめて
はるか彼方まで外れていっていたのである。
「・・・・・・・・・・・」
泣きべそをかいて立ち尽くす王妃の前に行った公爵家の娘は
かける言葉を見つけられずにいた。
秋の神事の際の王妃が着る衣装は
母なる大地を表わす暖かいブラウンカラーの生地に
金糸で豊穣のシンボルの穂が描かれている。
茶色いドレスを黒い肌の王妃が着ると、まるで泥人形であった。
その姿は、似合う似合わないを通り越して
哀れすら感じるほど、不恰好であった。
このような姿で国民の前に出たら、益々王妃への不満が噴出しかねない。
いまや、“王に愛される美しさ” だけが取り得として
渋々と容認されている立場だからである。
バカなお方だから、そういう国民感情を理解していて
この衣装を嫌がってるわけではないのだろうけど
これを嫌がるのは、“我がまま” とは言えないわよね・・・
公爵家の娘は、さすがに王妃に同情をした。
「いかがいたしましょう?」
ティレー夫人が、公爵家の娘に耳打ちをする。
「この衣装は、ただのドレスではなく
“祈り” の道具のひとつ、という位置づけがございますので
色やデザインを変える事は許されない事だそうです。」
ティレー夫人の説明に、公爵家の娘は途方に暮れた。
「だけど王妃さまは、この衣装で国民の前にお出になるのですよね?」
「はい・・・。」
「急ぎ、王さまと大神官さまに相談いたしますわ。
王妃さまを、左端の窓辺に立たせておいてください。」
公爵家の娘がドアに向かおうとすると、その腕に王妃がしがみついてきた。
その目には、公爵家の娘に対する怯えと甘えが混在している。
公爵家の娘は、王妃のこの眼差しが大嫌いであった。
「・・・・・・、心配なさらないで。
あたくし、いえ、王さまが必ずどうにかしてくださいます。」
公爵家の娘は、王妃の手をほどいて部屋から出て行った。
ティレー夫人は、公爵家の娘の言い直しを聞き逃さなかった。
「さあ、王妃さま、姫さまが何とかしてくださいますから
待っている間、少しでも祝典の流れを覚えておきましょうね。」
王妃はその言葉に、素直に従った。
続く
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