継母伝説・二番目の恋 28

王と大神官長も、祭の前は忙しい。
しかし、公爵家の娘の “至急” の要請を無視する者はいない。
 
呼ばれてすぐに集まったふたりは、望遠鏡を手に困り果てた。
王妃の部屋が見えるのは、物置となっている西の塔の部屋からで
しかもそれも王妃の部屋の左端の窓辺だけ、かろうじてである。
 
あのような姿の王妃を部屋から出して、人前に晒すわけにはいかないし
この、誰もが忙しい最中に、特に忙しい大神官長と王を
王妃の部屋に呼び寄せたら、目ざとい輩に何を非難されるかわからない。
塔への呼び出しは、そのためであった。
 
 
「・・・あの衣装は、春の祭典の時に奉納された糸で
 各地の神殿に仕える役目ある巫女たちが、数ヶ月に渡って縫った、
 正に “神具” なのでありますぞ。
 それを着ないなど、神事の一端が欠けるも同然!」
大神官長の怒りは絶頂だった。
 
「・・・代わりに姫さまに・・・」
続く大神官長の言葉を、公爵家の娘が素早く遮った。
「それだけは、してはなりません!」
 
 
「差し出た心配をお許しください。
 でも、あたくしが王妃さまの代理をしたら
 国民に対して、王妃さまの印象が薄くなりかねません。
 それだけは避けたいのです。」
 
公爵家の娘のこの言葉は
身分も実力も、王妃の資格を兼ね備えている自分だからこそ
“あの” 王妃に容易に取って代われる、と言ったも同然である。
しかし、そんな遠慮をしている時間はない。
 
 
「だが、あの王妃の姿を晒したくはない。」
王のこの言葉に、大神官長がきっぱりと断じた。
「あの衣装は、“東国” の王族が着るためのもの。
 王族の方々には、そういう義務を
 お忘れなき振る舞いを願いたいものですな。」
 
怒る大神官長に、王も公爵家の娘も反論ができない。
戦がなくなった現在、王家は神事で国を平定しなければならないのである。
 
なので東国の王族は、他の普通の貴族たちと違い
日々の神事のために、食事や生活での節制も必要であった。
 
 
「王の叔母さまに代理を頼みましょう。
 確か “王族の女性” であれば、“妃” でなくとも良いはず。」
公爵家の娘のこの提案に、大神官長も同意せざるを得なかった。
 
神事を壊す事はあってはならないが
身分の序列が崩れて、国がザワつく事も避けねばならない。
 
 
王は愕然としていた。
王族である前に、ひとりの “人間” としての気持ちを
大切にしただけなのに、国を揺るがしかねない事態を招くとは。
それが “高貴なる義務” を軽んじた者への災難である。
 
王の顔色を読み取った公爵家の娘は、王の目を見据えて静かに言った。
「あれこれ考えずに、目の前に落ちた石をひとつひとつ取り除きましょう。
 それが “責任を取る” という事だと思います。
 今回の事は、まだ終わってはおりません。
 王の叔母さまの反応が不安ですわ。
 こちらの弱みを握られないようにしつつ、頼みを聞いてもらわなければ。」
 
「うむ、それはわしが何とかしよう。」
公爵家の娘はその言葉を聞き、お辞儀をした。
 
 
立ち去る公爵家の娘の真っ直ぐな背中を見送った後
王はひとり、塔の窓から街を眺めた。
 
わしは血統も気質も申し分ない王の器を持つ。
今世はおそらく東国の歴史上、もっとも安定した治世であろう。
なのに自ら、混乱を招くとは。
 
 
階下から、少し冷たくなった風が吹き上げてくる。
王は無意識に、自嘲していた。
 
そうか、これが “ハンディ” というものか・・・。
 
 
 続く 
 
 
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