城下町の大神殿のテラスから、王と王の叔母が
集まった国民に向かって麦の穂を巻いている。
その穂は1年間のお守りになるので
国民たちはこぞって受け取ろうと、必死である。
王の叔母ははしゃぎながら、穂を振舞う。
王は西国から、拳ほどもあるピンクサファイアを取り寄せたらしい。
ピンクのサファイアって、色の悪いルビーよね
そう鼻で笑う公爵家の娘は、宝石に興味がなかった。
そんな “褒美” をとらせなくても
あの叔母さまは華やかな事がお好きだから
今回の王妃の代理は喜んで受けたでしょうに。
だが茶色のドレスは、王の叔母に似合っていた。
いや、東国の貴族には茶色は定番の色なのだ。
公爵家の娘は、少し気持ちが沈んだ。
王妃は風邪を引いた事にする予定が
本当に熱を出してしまったので、何ひとつ嘘はない。
まあ、王妃にはこの仮装パーティーも苦痛だっただろうから
本当に熱を出して、かえって良かったかも知れないわね
そう思う公爵家の娘の仮装は、甲冑の男装である。
公爵家の娘も、馬鹿げた乱痴気騒ぎは好きではなかった。
マスクもしているし、誰が誰かわからないのなら意味はない
もう少しここにいて、さっさと部屋に戻ろう、と考えていたら
ひとりの貴婦人が手を差し出してきた。
「いえ、あたく・・・、いえ、わたしは・・・」
断ろうとするその言葉を遮ったのは、男性の声であった。
「紳士は貴婦人の誘いは断れないはずですよ。」
そうね、無粋な事はすべきではないわ
女装とは思えない、その美しさに驚きはしたものの
すぐにそう思い直せる公爵家の娘の社交性は、帝王教育の賜物である。
王妃にダンスを教えたお陰で、男性のステップも踏める。
だが甲冑は、レプリカとはいえ重い。
しかもガシャンガシャンと音がうるさい。
「ふふ、あなたさまの事だから
地味な衣装になさるとは予想しておりましたが
まさか戦士とは、思った以上に勇ましい姫君だ。」
その言葉に公爵家の娘がムッとして、貴婦人の顔をマジマジと見る。
肌が美しいせいでメイクも浮かず、女装が自然に似合っている。
多分、若い男性なのだろうけど心当たりがない。
あたくしとわかって誘っているようね
まがりなりにも王の側室に、どういう魂胆かしら?
いぶかしむ公爵家の娘に、艶めいた形の良い唇が微笑む。
「そんなに警戒なさらないでください。
わたしはただ、あなたの信奉者。
今宵限りのダンスを望むだけなのです。」
しかしその微笑みはスッと消え
マスクの奥の目が、公爵家の娘の目を捕らえる。
その視線には、まるですがりつくような甘い重さがあった。
このような眼差しを、いつも見ている気がする・・・
公爵家の娘は一瞬、黒い瞳を思い浮かべた。
夜の明かりでは、瞳の色まではわからない。
公爵家の娘は、思わず相手を抱く手に力が入りそうになった。
公爵家の娘じゃなかったら、そのまま中庭までステップを踏み
細い三日月の明かりの下、ひとときの逢瀬を楽しんだかも知れない。
しかし公爵家の娘は、公爵家の娘なのだ。
人々の輪の中心から1mmも逸れずにそこにいなければならない。
相手もそれをわきまえているようで、手を握り返しもしない。
公爵家の娘が戦うように踊っている内に、曲が終わった。
「包容の姫君に永遠の愛を。」
ドレスの裾をつまみ、実に優雅なお辞儀をした直後
美しい男性は人の森へと消えていった。
ひとりになった瞬間、公爵家の娘は初めてギクリとした。
王はどこ?
あたりを慌てて見回したが、見つからない。
“無礼講” というのは、どこまで通用するのかしら・・・
公爵家の娘のその疑問は、自分の心が揺れた証拠。
それに気付かないのは、公爵家の娘がまだ、“子供” だからであった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 29
Comments
“継母伝説・二番目の恋 29” への4件のフィードバック
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ひょわー
ちょっとゾクっとしたw -
えっ?
どっか気色悪いとこがあった?やっべえ、鈍感になってるかもー。
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いや。不快とかそういうのじゃないす
自分でもなんでかよく分からないんですが
目線かわすところらへんで・・
グっときたw -
おお、感想の説明をさせて、すまんだった。
私も無粋よのお・・・。
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