翌日の自室で書類の束を手に、公爵家の娘は迷っていた。
チェルニ男爵に何を訊こうというの?
彼は王の手の者、あたくしよりも王の側に添った考えをするはず。
王の耳に入って不興を買うような恐れがある事は訊いてはならない。
公爵家の娘は、しばらく考え込んだ後に
持っていた書類をトントンと揃え、引き出しに入れた。
そもそも夕べのあの人が誰だろうと、どうでも良い話よね・・・。
仮装パーティーは、まだ2日ある。
だけど誰が誰やらわからないなら、情報も集められない。
もう、あたくしは出るのは止めておきましょう
壁にもたれかかって天井を見上げたら、溜め息が漏れた。
ここ数日、忙し過ぎたわ。
ドアをノックされた。
「姫さま、養護院への贈り物の件で、院長がおいでになっております。」
「すぐに行くわ。」
ああ、そうね、まだ祭事は終わってはいないのだわ
公爵家の娘は、サッと頭を切り替えた。
その夜は、早々にベッドにもぐり込む。
パーティーの喧騒が遠くに聴こえる。
・・・・・・・・・・・・・
そう言えば、王妃はこの祭の間中、部屋に篭もっていた。
王妃の “代理” は、神事の時のみのはずだったが
いつの間にか、王の隣には王の叔母が常に鎮座していた。
頼み事をした手前、王も叔母上を退けられなかったのだろうけど
これだから、弱みを見せられないのよね
・・・身内にも・・・。
公爵家の娘は、ベッドから身を乗り出して空を見た。
月はもう、ほとんど消えそうに細い。
明日は新月ね
そう思った瞬間、花火の音が響いた。
月があっても、きっと誰も気付かない。
・・・・・・・自分以外の世界中が激しく動いている、って
どういう気持ちなのかしら?
「王妃さま、少しお寒いでしょうけど、屋上に参りましょう。」
最後の仮装パーティーの夜
男性の礼装をした公爵家の娘が、王妃の部屋を訪れた。
屋上には、ささやかなパーティーの用意がしてあった。
小さいテーブルに、料理やジュース
何本もの良い匂いのするキャンドル。
「王妃さまは仮装パーティーには1度もいらしてませんものね。
今宵はここで、ふたりで踊りましょう。」
公爵家の娘が、王妃にマスクを着ける。
そして一歩後ずさり、うやうやしくお辞儀をする。
「あたくしと踊ってくださいませんか?」
王妃は恐る恐る公爵家の娘の手を取った。
ふたりは、ただ踊った。
言葉もなく、視線も合わせず、笑みもなく
何かから逃れるかのように、ただただステップで円を描いた。
足元の楽しそうな宴の音楽に合わせ
1羽の大きな鳥が、小さな雛を抱きかかえるように
満点の星の光を消す月もいない夜、地上と空の隙間を羽ばたいた。
その軌跡は、まるで祈りであった。
それぞれの想い。
公爵家の娘がついた溜め息は、いつか国を揺るがす風になるかも知れない。
王妃の涙は風に乗り、城の庭に落ちて小さな植物の芽を潤すだけでいい。
だけど小娘たちに出来るのは、無言のヒソヒソ話だけ。
ふたりは、ただ踊った。
それが最後だったとわかるのは、すべてが終わった後である。
続く
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