継母伝説・二番目の恋 32

ノーラン伯爵は、想像とは違って
初々しさが残る、穏やかな雰囲気の好青年であった。
 
意識して見ないと印象に残りにくい、そんな影の薄さがある。
あっさりとした顔立ちだからこその、化粧映えだったのであろう。
 
突然の再会に、心臓が止まりそうになった公爵家の娘だったが
その柔らかい雰囲気に、少しホッとした。
なるほど、これならあたくしが気付かないのも無理がないわね
自分の注意力不足の言い訳も出来る。
 
 
ノーラン伯爵は、公爵家の娘が見ていたページを覗き込んで落胆した。
「・・・ああ、何だ、
 わたしの事を気にしてくださったのではないのですね・・・。」
 
その素直な言い様に、公爵家の娘は思わず口走ってしまった。
「あ、ごめんなさい
 
 ・・・・・・・・!!!」
 
 
何てこと!
王にすら詫びた事などなかったのに!
 
青ざめて自分の口を押さえる公爵家の娘と
高貴な姫君の意外なひとことに驚く青年。
 
 
ノーラン伯爵は微笑んだ。
これ以上になく、嬉しそうに。
 
本来なら、不敬だと怒ってもおかしくない状況であったが
その純粋な微笑みに、公爵家の娘は抗えず
苦々しく言うしか出来なかった。
「・・・秘密よ・・・。」
 
ノーラン伯爵は、片膝をついて頭を下げた。
「一生の宝として、永遠にここに隠しておきます。」
 
 
その左胸に当てた手の中指に、紋章の指輪が光った。
「その指輪は?」
公爵家の娘の問いに、ノーラン伯爵が指輪を外す。
 
「これはノーラン家の山羊の紋章です。」
そして公爵家の娘が差し出した扇の上に、その指輪をそっと置いた。
 
 
公爵家の娘は、指輪をマジマジと見た。
山羊の紋章・・・
「ノーラン伯爵家の領地は、山羊の産地なのですか?」
 
「いえ、我が領地の主な産業は、五月雨草の栽培です。
 その紋章は、ベイエル伯爵家から授かったものだそうです。
 うちはお察し通り、ベイエル伯爵家の分家なのです。」
 
「さみだれそう・・・?」
「ええ、春に咲く5つの白い花びらが名前の由来です。
 面白い事に、その真っ白の花びらから
 自然界では珍しい、黒い染料が採れるのですよ。」
 
公爵家の娘は、思い出したように言った。
「ああ、あの毛染めの原料の・・・。」
 
ノーラン伯爵は、うなずいた。
「ええ、それです。
 わたしの領地では、冬ではなくて春になると
 見渡せる野という野が、一面の銀世界になるのです。
 五月雨草が一斉に咲き乱れる様子は、まるで雪が積もったような光景で
 なのに、そよぐ風はポカポカと暖かくて・・・。」
 
言葉を止めたのは、公爵家の娘が見つめていたからである。
「す・・・すみません、風景などどうでも良い話ですよね・・・。」
 
「ええ。
 見せてくださり、ありがとうございました。」
指輪を返そうとしたら、ノーラン伯爵が両手を後ろへ隠した。
「それは姫さまに持っていてくださりたいのです。」
 
 
紋章入りの指輪は家長の証しであり、貴族にとっては宝石よりも重要である。
それをおいそれと他人に預けるなど、ありえない。
 
こいつは何を言い出すの? と、公爵家の娘が怪訝な表情をするのも構わず
ノーラン伯爵は立ち去ってしまった。
 
 
こんな指輪を持っているのを知られたら、私の立場まで危うくなる。
人に悟られないように彼を探し出して
人に見られないように会い
人に気付かれない内に返さなければ
 
・・・ああ、面倒くさい!!!
 
公爵家の娘は、ノーラン伯爵のロマンに心底イラついた。
個人的感情を漏らしまくるヤツというのは
その繊細な情熱が、はた迷惑である。
 
 
“付け込まれた” 事を、チェルニ男爵にバレたくない。
あたくしひとりで、さっさとどうにかしないと。
 
公爵家の娘は、ノーラン伯爵に一瞬でも惹かれた事を後悔した。
 
 
 続く 
 
 
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