継母伝説・二番目の恋 33

しかし、公爵家の娘は何の行動も起こさなかった。
 
だってあたくしが、あのチェルニ男爵を出し抜けるとは思えないわ。
アタフタする方が、余分な事まで疑われるのよね。
ここは、バカな若者がひとりで舞い上がって
勝手な事をした、という体裁を取り繕いたいわ。
 
そう思った時点で、ノーラン伯爵ひとりの盛り上がりではなかったわけだが
公爵家の娘の、チェルニ男爵への敗北宣言は正しかった。
 
 
「山羊の紋章ですが・・・。」
ブ厚い本を手にしたチェルニ男爵の第一声は、公爵家の娘の肝を冷やした。
 
あたくし、誰にもひとことも言ってないのに!
指輪も見られてないのに!
 
呆然とする公爵家の娘の表情は
その夜のチェルニ男爵の寝酒の、良い肴になった。
 
喜怒哀楽を表に出さないこの男爵が
珍しくクスクスと笑いながら、ベッドサイドの灯りを消した時
少し太った月は雲に横切られていた。
 
 
チェルニ男爵から預かった本には、貴族の紋章の歴史が書いてあった。
“指輪” の始末に気を取られていたけど、問題は紋章の方なのよね
すっかり忘れていたわ・・・。
 
公爵家の娘は、少し気落ちした。
これだから、あたくしはまだまだなのだわ・・・。
落ち込みながらも、パラリパラリと本のページをめくる。
 
王家の紋は、クロスした2本の斧。
これは最終的に東国を平定したのが、武力に優れた山岳民族だったからで
国内の貴族にも、斧の紋章を持つ家は多い。
でも背景に、勝利の木の葉の模様を入れられるのは王族だけで
しかも中央上部に王冠を掲げられるのは、王さまただひとり。
 
うちの紋章は、2頭の狼。
鷹や鹿といった、山の動物の紋章も多い。
あら?
ページをめくる手が、ふと止まる。
 
ベイエル伯爵家はうちと似てるけど
ああ、これは山犬なのね、珍しい。
 
 
・・・ベイエル伯爵家は中央貴族。
つまりうちと一緒で、首都の周囲に領地を持つ貴族のひとつ。
うちは全国的に領土を持っていて、その広さを誇っているけど
中央付近に集中しているベイエル伯爵家の領地に、山羊の産地はない。
 
ノーラン伯爵家は、ベイエル伯爵家に吸収されたけど
その領地は古くから南の草原地帯にあり、変わってはいない。
 
紋章は、その家にとって意味がある形。
だけどこの2家には、山羊の要素がひとつもない。
これはどういう事かしら・・・?
公爵家の娘は考え込んだ。
 
 
そう言えば、チェルニ男爵は本当に指輪の事を知っていたのかしら?
そうじゃなくて、“紋章” に注目していたのだとしたら?
 
・・・あたくし、何だかズレている気がする。
今回の仮装パーティーの一件で、すっかり動転していたけど
そう、問題はノーラン伯爵じゃなくて、ベイエル伯爵なのよ。
ベイエル伯爵の事を探らなくてはいけないところに
偶然、ノーラン伯爵が来たのよ。
 
偶然?
ベイエル伯爵の罠かも知れ・・・
 
自分で思った言葉に、傷付けられる公爵家の娘。
その傷の痛みにも驚く。
 
 
開いていた本を、そっと閉じる。
だが、視線は上がらない。
 
どうして心が重苦しいのか、わからない。
どうしたら良いのか、わからない。
 
唇を噛みしめると、鼻の奥がツンと痛くなった。
手がかすかに震え出す。
指を目のところに持っていこうか迷っていると、ドアをノックされた。
 
「姫さま、明日の会議の打ち合わせをなさりたいと
 福祉大臣がいらっしゃってます。」
 
 
公爵家の娘は、息を止めたが
それは本当にほんの一瞬だけであった。
 
「・・・すぐに参ります。
 福祉大臣には、フルーツ入りのパウンドケーキをお出しして。
 紅茶には、砂糖の他にジャムを数種用意して。
 生クリームが嫌いなお方なので、留意するように。」
「かしこまりました。」
 
 
公爵家の娘は、立ち上がった。
うつむいた顔を、ググッと上げる。
 
何がしたいか、何を望むかなど、下々の者の感覚。
あたくしは公爵家の娘。
何をすべきか、何を望まれるか、だけを考えるべき!
 
 
公爵家の娘は、サッと振り向いて
わざと足音を響かせながら、部屋を出て行った。
 
 
 続く 
 
 
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