継母伝説・二番目の恋 34

いつものように、忙しくしていると
“彼” が目の前に立ちはだかった。
 
公爵家の娘は、通せんぼにも黙って立つのみだった。
その視線は、ノーラン伯爵の体をすり抜けて
先の通路を堂々と見つめて、揺らがない。
 
「・・・さすがですね。
 光を放つ、まばゆい金属のようなお方だ。
 冷たく美しく、お強い・・・。」
 
公爵家の娘は、その言葉で己の強さを過信してしまった。
両手を首の後ろにやり、していたチェーンの留め金を外す。
チェーンを引っ張り出すと、その先に指輪が付いていた。
 
 
ノーラン伯爵の事故死の一報を耳にした公爵家の娘は
崩れ落ちそうになり、かろうじて廊下の窓枠に掴まった。
長い廊下を、とても歩けそうにない。
 
そのほんの直後に、チェルニ男爵が現れた。
公爵家の娘を探していたのである。
 
 
顔を上げようとしない公爵家の娘を抱きかかえて
チェルニ男爵は、近くの部屋へと入った。
運が良い事に、そこは空き室であった。
窓をきっちり閉めた途端、公爵家の娘のあごを掴んでその目を覗き込んだ。
 
「ノーラン伯爵に何をなさったのです?」
それは、的の真ん中を射抜く質問であった。
 
 
公爵家の娘の胸元から、自分の指輪が出てくるのを見たノーラン伯爵は
これ以上の歓喜はない! と確信した。
 
公爵家の娘が、指輪を持った手を突き出すと
ノーラン伯爵は片膝を付き、右手を差し出した。
 
指輪はチェーンをつたい、ノーラン伯爵の手へと落ちた。
その指輪の温もりを感じた時が
ノーラン伯爵の命のカウントダウンの始まりであった。
 
 
「あたくしはただ、『山羊の意味を調べてほしい』 と言ったの。
 ただそれだけなの。
 他にひとことも喋っていないの。
 指一本、触れていないの。」
 
「バカな事を・・・。」
チェルニ男爵は、怒りを隠さなかった。
 
 
「“それ” を “ただそれだけ” と、仰るあなたさまだから
 今回の悲劇が起きたのですよ!
 何故、わたくしにお命じにならなかったのです?」
 
肩を掴まれて揺さぶられる事など
公爵家の娘にとっては生まれて初めてで
恐怖に、つい本心を口走ってしまった。
「だってあなたは、王さまの・・・。」
 
チェルニ男爵はその言葉に、悔しそうにうつむいた。
「確かにわたくしは、王さまのお馬番。
 しかしその王さまに、姫さまのものになれ、と命じられて
 今ここにいるのですよ、わたくしは!」
 
 
国一番の大貴族の娘で、王の愛を得られる資格のある高貴な姫の
柔らかそうな肌に自分の指輪が触れていた、と知った瞬間に
ノーラン伯爵には、もう他に望むものはなくなった。
そして自分の命も惜しくなくなった。
 
切れ味を知られていない武器だから
かくも容易く振り下ろされる。
 
 
ノーラン伯爵は、暖かい風が吹き抜ける白い花の野ではなく
ほこりっぽい乾いた土が巻き上がる崖の下で
人生を終えた。
 
その指に、山羊の紋章の指輪はなかった。
 
 
 続く 
 
 
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