公爵家の娘は、自己嫌悪に陥っていた。
チェルニ男爵は、しばらくうつむいていたが
次に顔を上げた時には、もういつもの静かな男爵へと戻っていた。
公爵家の娘との間の出来事は、公爵家の娘の許可なしには
誰にも、王にさえも伝えない事
もっと信じて欲しい事、などを諭されるのは
口調が淡々としているチェルニ男爵からの言葉でさえ
自分がバカ娘になった気にさせられる。
イヤだわ・・・
公爵家の娘は、怒られ慣れていなかった。
チェルニ男爵が話している間中、イヤだわ、としか思えなかった。
しかし今回の事は、明らかに自分だけの失態なのだ。
山羊の紋章の調査は、チェルニ男爵に任せる事になった。
問題は・・・、この事を王に言うかどうか
だけど、元々今回の発端は、ベイエル伯爵家と公爵家の確執。
国政には関係ないどころか迷惑なだけよね、臣下同士の争いなんて。
この考えには、チェルニ男爵も同意だった。
チェルニ男爵は、指輪の件は知らなかった。
だがノーラン伯爵の暴走は
絶対に公爵家の娘のそそのかしが原因だと思ったのに
実際は、子供のままごとのような展開であった。
そのあまりの純情さに、この姫君が何故あれほどまでに気丈なのか
少しわかった気がした。
あのお方を抱きしめる人はいないのだ。
チェルニ男爵は、風が北から吹いている事に気付き
襟を立てて、馬を走らせた。
東国がいよいよ冬へと入った。
寒さは世界を凍らせる。
が、政治の停滞は国力の弱化を招くので
より、気を入れて執行せねばならない時期である。
公爵家の娘も、変わらずに走り回っていたが
城には、時間が止まった一角があった。
王妃の部屋である。
祭の最後の夜以来、公爵家の娘と王妃との接触はなかった。
別に避けているわけではないけれど・・・
王妃の事は、常に気にはなっていたが
“何でもない日常の問題が山積み” という状態が一番気ぜわしい。
王さまのお通いも相変わらずだし
そう言い訳しつつ、王妃の部屋から足が遠のいていた。
そんなある日、公爵家の娘は侍医に呼ばれた。
行くと、ちょうど医務室の前で王と鉢合わせた。
こ、これは・・・
互いの心臓がドクンと揺れた。
侍医がもったいぶって、ゴホンと咳払いをしたりする。
ああ、良いから早く言って!
「ご懐妊です。」
その言葉が終わるか否かなのに
公爵家の娘は、王と抱き合っていた。
ふたりで抱き合ったまま、ピョンピョンと飛び跳ねる。
それが終わると、凄い勢いで侍医を質問攻めにする。
「予定日はいつになるのだ?」
「順調ですの?」
「男子か? 女子か? わしはどちらでも良いぞ。」
「ああ、お祝いは何にしましょう?」
「いつになったら、国民に触れを出せる?」
「どこか暖かい場所で静養した方が良いのではないの?」
侍医が圧倒されて、ひとことも返事をしていないのに
勝手に脳内補完して、それぞれ部屋を走り出て行った。
「わしは見舞いに行くぞ。」
「今日の夕食のメニューを見直さねば。」
侍医はひとり取り残されて、呆然とするしかなかった。
続く
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継母伝説・二番目の恋 35
Comments
“継母伝説・二番目の恋 35” への2件のフィードバック
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殺伐としていた流れにご懐妊で久しぶりにほっとした気持ちになりました。
…何かの伏線だったら嫌だけど~!
公爵家の娘と王様の反応が可愛い。
ノーラン伯爵は残念でした。
勝手に美青年をイメージしてたものであまりに冷たく乾いた死に方にショック!
若さ故の大胆な行動にハラハラはしてたけど、既にフラグは立ってたんだなぁ… -
淡い茶色の髪と目を持つノーラン伯爵は
世間知らずの朴とつなおぼっちゃん中南部地方の人間は、その穏やかな気候のように
ノンビリとした一生をおくるのが普通ノーラン伯爵も、命じられた姫君と
何の疑問も持たずに結婚をして
その人生のほとんどを
領地内で静かに過ごすはずだったのに強くて高潔な姫君への、身の程知らずの純愛は
優しげな顔で微笑みかけ
甘い声で熱を語れば
それだけで充分に、そのすべての代価となる
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