継母伝説・二番目の恋 38

男性が案内したのは、普通の民家であった。
南国人特有の黒い肌をした家主は
公爵家の娘をひとめ見て、ただ者ではない、と察したようで
言葉少なに歓迎の意を表しようとした。
 
「これは、どちら様か存じ上げませんが、こんなあばら家に・・・」
公爵家の娘がさえぎる。
「挨拶など、どうでもよい。
 おまえが南国人街の権力者か?」
 
「ここは私が・・・。」
スッと前に出た兵士が、何事かを家主にささやいた。
 
「わたくしめに出来る事がございましたら
 お言い付けくださいまし。」
太った中年男である “権力者” は、床に両手両膝を付いて頭を下げた。
 
 
「南国の食事を作りたい。」
公爵家の娘の言葉に、権力者は驚いた。
そして言いにくそうに、無理だと告げた。
材料の入手が困難だと。
 
「だけど、このかすかに香る匂いを、あたくしは知っているのよ。
 この家には南国のスパイスがあるわね。」
その “匂い” は、城に来た頃の王妃から香っていたものである。
 
公爵家の娘は、辺りを見回した。
南国との交易は認められてはいない。
 
そういう国とは、通常は王妃が国交を進めていくべきなのだが
何せ、うちの王妃は “ああ” だから、頓挫しているのよね。
だから多分、密輸ね。
 
 
「あたくしが “お願い” しているのよ。」
この言葉に、“権力者” は即座にすべてを喋った。
 
この者、時勢を見るに機敏だわね。
まあ、そうじゃないと権力は持てないものね。
公爵家の娘は、秘密保持と協力の引き換えに
“権力者” の地位を守る事を約束した。
 
 
実際に、秘密裏に動くよりも、“お墨付き” を貰う方が
“権力者” も本物の権力を手に入れる事になる。
ありがたい取り引きであったが、そんな奇跡のような事が
南国を軽んじる東国で起きるとは、信じられなかった。
 
“権力者” は、兵士にコソッと正体を訊く。
兵士は答えなかったが、後日、真実を知って腰を抜かすハメになる。
 
 
帰り道に、公爵家の娘は兵士に訊いた。
「あの者に何を耳打ちしたのだ?」
 
兵士は事もなげに言った。
「このお方に逆らうとこの街が丸ごとなくなる、と申しました。」
 
公爵家の娘は、その言葉を当たり前のように聞き流した。
実行するかしないか、は別として
それは公爵家の娘には不可能ではないからである。
 
 
代わりに、もうひとつ訊く。
「おまえの名は?」
 
その問いに、一瞬固まりかけるも
慌てて馬から降り、地面に額をこすりつけて名乗る。
「ウ・・・、ウォルカーと申します。」
 
 
他の兵士も動揺した。
身分ある者に名前を訊かれる、という事は立身出世を意味する。
 
何故ならば、上流貴族にとっての兵士は
いくらでも代わりの利く駒でしかないからである。
 
使い捨てるものに名前などいらない。
 
 
 続く 
 
 
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