継母伝説・二番目の恋 41

廊下を優雅に歩く公爵家の娘に、前から来た貴婦人が挨拶をする。
「姫さま、ご機嫌よう。」
「寒くなりましたわね。」
にっこりと穏やかに微笑む、公爵家の娘。
 
私室に入った途端、ソファーに走り寄り
クッションにパンチを数発くらわせる。
 
おお・・・、いけないいけない
このクッションばかり殴ったら、傷みで召使いたちにバレてしまうわ。
公爵家の娘は、クッションを入れ替えた。
均等に殴る事にしましょう。
 
 
公爵家の娘の荒れの理由のほとんどは
ベイエル伯爵のいつもの突っ込みである。
 
「南国との協議は、まあ仕方がないとしても
 南国に一番近い地の領主を差し置いて
 どこぞの姫君が一枚噛んでいる、という話は許せませんな。
 南国との協議よりも、南国の娘とお遊びになっていればよろしいのに。」
 
これをすれ違いざまに早口で言われるので、たまらない。
振り向いて追いかけて反論をしていると
こっちがケンカを売った、と周囲に誤解されかねない。
 
他の者の目がある場所で言ってくれれば良いものを・・・
いえ、そんなバカな嫌がらせは、王の叔母ぐらいしかしない。
あやつ、いっその事、死んでくれないかしら!
 
 
その瞬間、公爵家の娘はノーラン伯爵を思い出した。
自分を真っ直ぐに見つめてきた、あのまつげの長い青年。
 
王妃の妊娠や、南国との国交など色々とあったとはいえ
すっかり忘れていた自分の薄情さに、気分が沈む。
 
と同時に、最近見かけないチェルニ男爵の事も気になった。
大丈夫かしら?
 
 
「今は王妃さまの事に集中した方が、よろしいかと思われます。
 ベイエル伯爵は、南国国交に不満を溜めているようです。
 あのお方は激しい差別主義者ですからね。
 これ以上、刺激をしない方が安全かと。」
 
チェルニ男爵は、普通に宮廷にいた。
山羊の紋章の調査はどうなったのかしら・・・?
 
公爵家の娘のいつもの強い眼差しに、不安の影が宿っているのを
チェルニ男爵は見逃さなかった。
「どうか、わたくしを信じてくださいますよう。」
 
それは、確かにチェルニ男爵の気遣いであったのだが
公爵家の娘には、まるで目の前でドアを閉められたかのように感じられた。
 
 
資料室を後にし、長い廊下をポツポツと歩き
ふと窓の外の木の枝に、何とか残った枯れ葉が揺れているのを見た時に
心の隅に、突然寂しさがこみ上げてきた。
 
チェルニ男爵は何だかズルい!
すべてを見通しているかのごとく、あたくしの先を先を読んでいる。
そして、あたくしに反論する機会を与えない。
 
王もズルい。
お父さまも、肝心な事はあたくしには教えてくださっていない気がする。
 
ノーラン伯爵も、あたくしに指輪を渡して何をしたかったのか
“男” というのは皆、こんなものなのだろうか?
だから女には政治は出来ないのだろうか?
 
いえ、あたくしがバカなのだろうか・・・?
 
 
自分がただひとり、冷たい風が吹きすさぶ荒野に立っているような
そんな、寂しくてたまらない時がある。
 
公爵家の娘の、そういった落ち込みは
その若さにそぐわない自信を持っているせいであった。
優れた人間など、世の中に大勢いるのだ。
 
生まれつき、色々なものを持っている者は
自分がまだほんの蕾だなど、思いもしない。
だから時々、見え隠れする現実に気付いては傷付く。
 
 
気付くと、さっきまであった枯れ葉がなくなっている。
飛ばされてしまったのね・・・。
公爵家の娘は、一瞬で起こる変化というものを
目の当たりにした気がして、身震いをした。
 
男性が優位であるのは、わかりきった事。
嘆いて、それが変わるわけでなし
あたくしにはあたくしの分というものがあるのだわ。
 
とにかく、あたくしはあたくしのなすべき事をせねば。
公爵家の娘は、再び足を踏み出した。
 
 
公爵家の娘の、先ほどとは違う足取りに
柱の影のチェルニ男爵は感心し、また安堵もした。
 
 
 続く 
 
 
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