ウォルカーから小瓶が届いた。
ケルスートに託された、南国の花の香料だそうだ。
真冬のこの時期に、いくら暖かい南国とはいえ
花のエキスを入手するのは、大変な事であろう。
あの “権力者”、何といったかしら
ああ、ケルスートね、さすがだわね。
しかし公爵家の娘は、その小瓶を陽にかざしつつも不安だった。
王妃がこれで、少しでも元気を出してくれれば良いのだけど・・・。
姫さまがいらっしゃいます、という知らせを
召使いから受けた王妃は、肩をピクッと震わせた。
その萎縮ぶりに、思わず召使いは口を出してしまった。
「これは噂ですけど、以前こちらで働いていた召使いたちは
今は皆さん、西国で結婚して幸せに暮らしているそうですよ。」
その “噂” を、瞬時に王妃が信じたのは
公爵家の娘の日頃の態度によるところが大きい。
どんなに威圧感があっても、冷徹でも
王妃の側に来てくれるのは、語りかけてくれるのは
公爵家の娘ただひとりだからである。
公爵家の娘が部屋に入ってきて
ご機嫌はいかがですか、とお辞儀をした瞬間に
王妃が飛びついてきた。
その勢いに押されて、公爵家の娘は後ろにいた召使いにぶつかり
召使いは手に持ったクッションに乗せた小瓶を床に落としてしまった。
落ちた衝撃で蓋が外れた小瓶は、部屋中に強い香りを放った。
公爵家の娘は、むせ返る花の香りの真っ只中で
この王妃のご乱心のわけがわからず、憮然としたが
しがみついて、わんわんと号泣している王妃のせいで
誰も身動きひとつ出来ずにいた。
ようやく王妃が泣き止んだので
公爵家の娘も、召使いに命じる事が出来た。
「この匂いが取れるまで、王妃さまの代わりの部屋を用意して。
この近くで空いている部屋は・・・、ええと・・・
ああ、良いわ、あたくしの執務室を使って。
あたくしは、図書室で執務をするわ。」
「ううん、良い。
あたし、この匂い、好き。」
王妃が公爵家の娘に抱きついたまま、顔を上げて微笑む。
あなたは良くても、他の者が迷惑なんだけど・・・
まあ、ようやくご機嫌が直ったようだしね。
公爵家の娘が無言で手を出すと、そこに召使いがハンカチを置く。
涙でグチャグチャになった王妃の顔を、そのハンカチで拭きながら
公爵家の娘は混乱していた。
にしても、いきなり何なのかしら?
この子のする事は、本当にわけがわからない。
「何かお食べになります?」
公爵家の娘の問いに、王妃がうなずいた。
「うん、あたしのお友達に、あたしが料理する。」
公爵家の娘は、その言葉を聞いてゾッとした。
冗談じゃないわ!
王妃に、しかも懐妊中に料理をさせるなど
いくらあたくしでも、処分はまぬがれないではないの。
あまりに動揺したせいか、思いもしない言葉が口から出てしまった。
「王妃さまのために、今度はあたくしが作りますわ。」
王妃は、ものすごく喜んだ。
言ってしまった公爵家の娘は、これ以上にないぐらいに後悔した。
このバカ娘に構うと、これだから・・・。
足元から立ち上がる強い香りも手伝って
公爵家の娘の頭は、脈を打つようにズキンズキンと痛んだ。
緘口令を布いて、極秘裏に作った初めての料理には
想像以上に苦労させられた。
「・・・あんまり美味しくない・・・。」
とスプーンをくわえた王妃が言った時には
切り傷や火傷だらけの手で、絞め殺したくなる衝動に駆られたが
それでも王妃がいつもより随分と食べてくれたので、諦めもついた。
・・・・・・・・が、
「あたしのお友達、料理、上手くない、やっぱり、あたし、作る。」
と言ったせいで、公爵家の娘は料理の勉強をするハメになる。
これも仕事、これも仕事、王国の跡継ぎのため・・・
ブツブツとつぶやきながら、本を片手にスパイスを振る公爵家の娘を
あざ笑う使用人はひとりもいなかった。
緘口令は守られた。
続く
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