継母伝説・二番目の恋 49

しばらく考えさせてくれ、とは言ったが
公爵家の娘のあの様子では、今にも出て行きそうである。
その “スキャンダル” は、絶対に起こしてはならない。
 
王の答は、すぐに出ていた。
確かに全てにおいて、“王妃” として完璧な公爵家の娘を
後添えに据えたら、その女との子を国は次の王へと欲するであろう。
 
そこに黒雪姫を傀儡にしようと目論む輩が現れたら
内戦へと発展していく可能性も、充分にありえる。
公爵家の娘の読みは正しい。
 
 
だからこそ、手放したくない。
王は改めて、自分の愚かさを感じた。
南国の姫をめとってから、何度も何度も繰り返し感じた自己嫌悪である。
 
しかし、あの娘を妃にした事は後悔していない。
今でも脳裏に鮮やかに甦る。
か細い肢体の通りに、か弱い少女であった。
 
わしが壊してしまった・・・。
王は毎夜、ひとりで泣いた。
 
だが、それは “王” の取る種類の責任ではない。
王は公爵家の娘を手放す決意をする。
 
 
公爵家の娘は、チェルニ男爵の元へと行く事になった。
公爵家の娘にとっては、最早 “どこ” に行くというのは
さしたる問題ではなかった。
逆に知り合いである事、しかも気配りが出来る相手である事を
幸運だとすら思った。
 
しかしそれは決して、“昇格” ではないので
公爵家の娘は、長年使ってきた召使いたちの次の職場を斡旋した。
どこも一流どころである。
 
付いて行く、との申し出もあったが、すべて断った。
公爵家の娘は、何もかも捨てて
身ひとつで、国の果てへと嫁いで行く決心をしていた。
 
 
父公爵は、始めは腹を立てていた。
あれ程、知力と政治力に長けていた懐刀とも呼べる愛娘が
辺境の血筋の悪い貧乏貴族のところに行くという。
わしの面目も丸潰れじゃわい!
 
だがその怒りは、娘をひと目見た途端に消えた。
微笑みつつ丁寧に挨拶をしたが、静かに毅然と座ってはいるが
その後ろに、果てのない無気力感が漂う。
 
これは・・・
体面にこだわっていたら、娘を失うかも知れない・・・。
 
父公爵は、そういう例をいくつも見聞きしていたので
我が家の悲劇は、未然に防ぐ方向を選ぶ事が出来た。
 
にしても、王といい我が娘といい
あの小汚い王妃に、何の魅力があったというのか・・・
父公爵には理解できなかったが、自分の娘の聡明さを信頼していたので
得体の知れない理不尽な怒りは抱かなかった。
あの娘がああなるには、それだけの理由があるのであろう、と。
 
 
公爵家の娘は、常に孤独感に苦しんできた。
人は大きなものを失った時に、自分への愛に気付かされるものである。
だが、今はそれを見つける余裕すらなかった。
 
公爵家の娘が乗った馬車が、城にいる者全員に見送られながら城内を出る。
長い長い人の列ができた。
皆、馬車が目の前に来ると、お辞儀をして見送る。
 
馬車はゆっくりと人の列の間を走った。
公爵家の娘は、落ち着いた態度で目礼をする。
しかし、それはまだ終わりではなかった。
 
 
街なかでは、国民が列を成す。
高貴な姫を一目見ようという人だかりである。
この見送りも当然の事。
毅然と手を振る。
 
街の終わりの門のところで、馬車が急に速度を落とした。
見ると、多くの南国人街の住人たちが列をなしているのだ。
 
何故?
公爵家の娘には不思議な光景に思えたが
現在の南国人街の流通が良くなったのは
南国から来た王妃を思いやる姫さまのはからい、というのを
“権力者” ケルスートを通して、知れ渡っていたからであった。
 
南国人たちが口々に叫ぶ。
「姫さまーーーっ、どうかお大事にー。」
「また戻ってきてくだせえー。」
「ありがとうごぜえますー。」
 
公爵家の娘は、彼らの肌の色につい記憶をたどりそうになったが
その行為を打ち消して、今の自分に出来る限りの微笑みで
馬車の窓から顔を出して、見送る人々へと手を振った。
 
 
もう街の影も見えなくなった時に、道の脇に2頭の馬が見えた。
ウォルカーとケルスートであった。
 
地面に伏して最敬礼をするふたりの前を
再び速度を落とした馬車が、ゆっくりと通り過ぎる。
 
公爵家の娘は、ただ2人を見つめるだけだった。
その無表情さに、2人に対する公爵家の娘の信頼が表われていた。
 
 
すべての “見送り” を受け終わって
公爵家の娘が、少しうつむきかけた時に
チェルニ男爵が優しく言った。
 
「どうぞ、ゆっくりお休みください。
 これから先は、一切の “社交” は必要ありません。」
 
 
 続く 
 
 
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