チェルニ男爵は、公爵家の娘の散歩に付き添える信頼を得た。
それは、何も訊かない言わない、という出過ぎない態度だけではなく
側にいても、息遣いすら感じさせない気配の消し方が出来たからである。
チェルニ男爵に許される範囲は、徐々に広くなっていった。
ベランダで湖水を眺める時にも、暖炉の火を見詰めていても
振り向けば、チェルニ男爵の姿があり
公爵家の娘には、それが普通の状態へとなっていった。
いつも公爵家の娘は、チェルニ男爵の前をポツポツと歩いていたが
ある日、ふいに立ち止まった。
チェルニ男爵も立ち止まると、少し振り向く。
その様子が、待っているように感じたので
チェルニ男爵が近くに行ってみると、歩き出す。
チェルニ男爵には、公爵家の娘が並んで歩きたがっているのがわかった。
翌日から、チェルニ男爵はしばらく城を空ける。
それが公爵家の娘には、拒絶に思えた。
そうよね・・・
チェルニ男爵は亡き奥方と深く愛し合っていた、と聞く。
その人の産んだ子に、家督を継がせたいわよね。
その長男にも、もう正妻と嫡子がいるそうだし。
もし、あたくしがチェルニ男爵の子を産んだら
領主としては、その子を最優先させねばならない。
国一番の公爵家の血を継ぐ子なのだから。
政治的な物の考え方は、衰えてはいなかった。
が、公爵家の娘は、生まれて初めて自分の生まれを悔いた。
公爵家の血は、チェルニ男爵には不要・・・。
王は何故チェルニ男爵に、あたくしを嫁がせたのかしら。
お側を離れたがった罰?
風に乱れる髪を押さえようと、頬に触れた手に水滴が付いた。
それは、自分の目からこぼれ落ちていた。
公爵家の娘は愕然とした。
側室にしてやられて幽閉される正妻なぞ、よくある話なのに
大貴族のあたくしが、そんな事にも耐えられないとは!
自分が何ゆえに泣いているのかすら、わからなかったが
今まで教えられたすべてが、崩れ落ちていくようだった。
頭に浮かぶその何もかもが、悪い方向へ流れていた。
公爵家の娘は、再び心を曇らせた。
せっかく出てきた食欲も、すっかり失せてしまった。
外に出るどころか、揺り椅子に座りっ放しの生活へと戻った。
チェルニ男爵が城からいなくなって、何日経ったであろうか。
公爵家の娘は、最後のプライドで
静かにひとり、ここで生きていく事を受け入れた。
殺される場合も多いのに、生きていられるだけマシね・・・。
その瞬間、ふと誰かのシルエットが脳裏をかすめたが
それを追う事はせず、薄れて行くのをただひたすら待った。
突然、外が騒がしくなった事に気付く。
ソッとカーテンの陰から忍び見てみると、城が多くの兵馬に囲まれている。
ひと際目立つ、きらびやかな装飾の馬の後ろに
輝く王冠の双斧の紋章の旗がたなびいていた。
あれは王の紋章!
それはすなわち、王がそこにいるという印であった。
続く
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