公爵家の娘には、これから何が起こるのか予想できなかった。
暗殺なら、こんなに大勢で来るはずがないし
処刑なら、前沙汰があるし
拘束されるのなら、王自身が来る必要はない。
では単なる訪問?
何故、今更?
公爵家の娘は、逃げ出したくなった。
今の自分のみすぼらしさを、重々承知していたからだ。
「おお、会いたかったぞ、姫よ!」
王がズカズカと、公爵家の娘の部屋に入ってくる。
通常ならば、客室で待つのが訪問客の作法と言うものだが
最高権力者にタブーはない。
公爵家の娘は、動揺しつつも
体で覚えている “貴婦人の挨拶” をしようとしたが
その隙も与えず、王は抱きついてきた。
「痩せたな・・・。」
頬を撫ぜながらキスをしようとする王を、公爵家の娘は激しくこばんだ。
「何をなさるのです、お止めください、人の妻に恥知らずな!」
その言葉に、王の顔が見る見る険しくなった。
「チェルニ男爵! わしの姫を誰と結婚させたのだ?」
ドアの陰から、チェルニ男爵の声がする。
「いえ、どなたとも・・・。」
公爵家の娘には、“あれ” からの記憶がほとんどなかったが
チェルニ男爵に嫁いだつもりでいた。
しかし周囲の解釈は、王も父公爵もチェルニ男爵も、すべての人にとって
“王さまの最愛の人が、お友達を失くした心痛のあまりに
ご静養になっている” であった。
だからこその、厳重な警備なのである。
公爵家の娘が滞在している城周辺の警備は、王の軍の兵士であった。
その策略をしたのは、王自身だった。
宮廷を離れたがる公爵家の娘の願いは
“約束” である以上、聞き入れてやらねばならぬ。
しかし無二ともいえる王妃候補を手放す気など、毛頭ない。
そこでチェルニ男爵の元へと、一時的に預ける事にした。
遠くの地での長期静養なぞ、ロクでもない噂を立てられかねない
と猛反対した父公爵も、娘の憔悴ぶりに首を縦に振らざるを得なかった。
こういう経緯であったので、チェルニ男爵を “夫” と思い込んで
妻として接しようとしている公爵家の娘に
チェルニ男爵は慌てて、王を呼びに走ったのである。
長期間の留守は、遠く離れた首都への往復だからであった。
「姫さまがお寂しがっておられます。」
昼食前に着いたチェルニ男爵のその知らせに、王は即座に席を立った。
廊下を大股で歩きながら、叫ぶ。
「馬!」「パン!」「ワイン!」「マント!」「帽子!」
マントを羽織り、頬張ったパンをワインで胃に流し込み
王は35分後には馬にまたがった。
その日の門番は、前代未聞の出来事を目撃する。
ひとり、馬で城門を走り出る執務服の王と
いつもは強面の、近衛兵たちが
転がるように走りながら、武具の用意をしつつ後を追う姿である。
食料や衣服、野営の道具を積んだ馬車が城を出発できたのは
その2時間後であった。
これから数日間に渡って、国の動きが鈍るであろうが
止められる者などいなかった。
いや、誰ひとり、止める気なぞ微塵もなかった。
待望の “王妃” を迎えに行くのだから。
続く
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継母伝説・二番目の恋 53
Comments
“継母伝説・二番目の恋 53” への2件のフィードバック
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こ…これは…胸キュン展開です。
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おおおおおおおお!!!
ようやく胸キュン合格か!
やったああああああああああ!!!!!
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