王はチェルニ男爵領の州都にある、小さな教会の前で馬を停めた。
王以外のすべての者が、馬ですらも、ゼイゼイ言う中
公爵家の娘を抱きかかえたまま、教会のドアを蹴って中に入る王。
その騒動に、窓から怪訝そうに顔を出した神官は
多くの兵と馬、王の旗と領主の姿に驚愕し
転げるように講堂へと入ってくる。
「これから、そなたと結婚する。」
公爵家の娘への王の言葉に、一番慌てたのが神官であった。
「おおおおおお待ちになってください!
わたくしめは、ほんの末席の神職。
国王さまの結婚を見届ける地位にございません。
すぐに首都から大神官さまをお呼びして・・・」
「ここがどこだろうと、そなたが誰であろうと構わぬ。
わしの結婚はわしが決める!」
奇しくもその言葉は、南国の娘にプロポーズした言葉と同じであった。
王もそれに気付き、わしも変わらんな、と少し苦笑した。
抱きかかえられたまま、唖然とする公爵家の娘に王が言う。
「そなたは、わし以外の者と結婚する気であったのだろう?
そんな女に “契約” をせずして、ただ待つような
愚かな男ではないぞ、わしは。」
こう言われると、公爵家の娘には返す言葉もない。
大人しく王に従うしかなかった。
国の北西の端っこの、山あいの小さな街の小さな教会で
緊張で祈りの言葉も忘れそうになる、今にも気絶しそうな神官の前で
王は公爵家の娘に、膝を付き右手を胸にあてる。
「東国の王の名において、そなたの願いはすべて叶えよう。
どうか、わしと結婚をしてほしい。
もう二度とわしの側を離れないでくれ。」
公爵家の娘は、お辞儀をした。
「謹んでお受けいたします。」
見守るのは、チェルニ男爵と兵たち。
高価な服装ではあったが、“王の結婚式” には
不釣合いな地味な出で立ちのふたり。
指輪も用意していなかったが
このふたりに、そのような “印” は必要はなかった。
式が終わって外に出ると、噂を聞きつけた街の人々が集まって来ていた。
「ここにいる、そななたち全員が証人だ!
わしらは互いに互いを待たせ、ようやくここに結ばれた。
さあ、皆の者よ、祝ってくれ!」
王妃の死後、公爵家の娘を待ち続けた王の再婚を、喜ばない者はいなかった。
祝福の言葉が歓声になって飛び交った。
チェルニ男爵の息子夫婦やその子らも、式には間に合わなかったが
取るものも取りあえず駆けつけて、祝福の辞を述べた。
初めての “貴人” の存在に、緊張してつっかえながら。
その夜は、近隣の領主も駆けつけて
街のいたるところで一晩中、盛大な宴が催された。
後日、“王のご乱心” の話が国中を駆け巡った。
その恋の激情に人々は酔いしれ、東国のロマンス劇の定番となる。
王と公爵家の娘が式を挙げた教会は、観光名所となり
その日は祝日となった。
想像以上の王の勝手な大暴走に、渋い顔の大臣たちも
国民の熱狂的な支持に許すしかなく
首都の大神官長も、正式な式典の約束の取り付けで諦めるしかなかった。
すべては、王の作戦勝ちであった。
が、そのヤリ手の王も、公爵家の娘には敵わない。
「わしに、これも待てと申すのか!」
初夜の拒否に対するこの脅しも、倍返しをされる。
「あたくしが何年待ったのか、お忘れですの?」
王は、またしても公爵家の娘からおあずけをくらい
二日酔いの兵士を引き連れて
見送る我が妃を振り返りながら、フラフラと首都へと帰って行った。
公爵家の娘は、これから2年間
州都のチェルニ男爵の城に滞在する事になる。
続く
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