父公爵は、またまたご立腹であった。
普通の男の人生なら、“花嫁の父” という
最大に恩着せがましく威張れる場を失ったからではない。
常に敬われる地位の国一番の公爵には、威張る必要がないのだ。
その怒りの理由は、娘に次期国王を産む気がない、と気付いたからである。
父公爵はずっと西国に行っていて、宮廷には長男が出廷していた。
公爵領が王城の近所にもあるからこそ、出来る “通勤” で
中央貴族でない者たちは、城下町に邸宅を構えなければならない。
その長男の話では、先王妃の産んだ娘は
“普通” の知能ではあるけど、とにかく元気だけは良いらしい。
我が娘は、どうやら先王妃の娘に王位継承権1位を渡したいようじゃな。
後妻の立場としては、正気の沙汰とは思えん。
父公爵は召使いに旅支度を命じた。
我が娘は、まだ自分を見失っているらしい。
わし自らが見舞って、元気付けてやらねば。
東国と西国の北側の国境は、険しい岩山が連なっていて
とても歩けるものではない。
チェルニ男爵領が東国の北西の端、西国との国境沿いだからと言っても
馬車が通れる道は、東国中西部の平地をグルリと迂回せねばならず
東国の首都に行くのと変わらない時間が掛かる。
いや、道が悪いから、首都に戻る方がラクかも知れぬ
我が娘は、こんな辺境の地に閉じ篭もっておるのか、と
不憫に思う、父公爵。
「国一番の公爵さまだって。」
「おお、あれがお妃さまのお父さまでいらっしゃるのか。」
街の者たちが、遠巻きに覗いている。
ふむ、人は素朴そうなところだのお。
父公爵が微笑んで手を振ったら
思った以上に大きな歓声が上がり、少し驚く。
「公爵さまだよ、公爵さまがおいでになられたよ!」
「ご立派そうなお方じゃのお。」
相変わらず距離は遠いが、どんどん増える見物人に
別段、面白いものでもないのに、と
父公爵は何だか申し訳ない気分になり
供の者に、集まってきた者たちに菓子を振舞うよう命じた。
娘への土産に持ってきた、西国の珍しい菓子の数々を配ってしまい
純朴というのも一種の罠かもな、と疲労感が倍増する父公爵。
「お父さま、遠いところをよくおいでになってくださりましたわ。」
娘の顔付きは、昔通り、いや、昔以上に自信にあふれていた。
父公爵は、その表情を見て即座に “慰め” を諦めた。
と同時に、菓子大放出の諦めも付いた。
今のこの娘には、菓子などいらぬであろう。
無辜 (むこ) の民に喜んで貰えたので、それで良い。
いや、このわしは菓子ごときでグダグダ言わぬがな。
「おまえには、おまえの考えがあるのだろうな。」
公爵家の娘は、その言葉に微笑む。
「ええ。
しかも国のためを想う考えですわ。」
その言葉に、父公爵は黙り込んだ。
今の東国で内戦の可能性など、低いであろうに
我が娘は本気で王位を、先王妃の子に譲りたいというのか・・・。
父親の落胆を見た公爵家の娘が、口からカップを離してクスクスと笑う。
「いやですわ、お父さま。
うちなら、王の系譜になどいつだって加われるではありませんか。」
父公爵が、娘の完全復活を確信した瞬間であった。
続く
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