「でも、ちょうど良いところにいらしたわ。
お兄さまには、もう連絡を送ったところですのよ。
これでお父さまが力を貸してくだされば、百人力ですわ。」
「何? わしを差し置いて、長男に先にか!」
父公爵の怒りを、公爵家の娘はスイと受け流す。
「ええ。 お父さまはお兄さまを軽視し過ぎですわよ。
お兄さまは、そりゃお父さまと比べたら未熟かも知れませんけど
他の貴族のバカ息子より、何倍もしっかりしていらっしゃるわ。
我が公爵家の跡継ぎなのですから
今から周囲が盛り立てて、地位を磐石にしていかねば。」
ううむ・・・、我が娘は、何故いつも正論でわしをやり込めるのか・・・
渋い顔の父公爵に、公爵家の娘が追い討ちをかける。
「お父さまは望み過ぎなのですよ。
これ以上、突出して恵まれると
いくらうちでも、うっとうしく思われてしまいますわよ。
僻み妬みで潰された家がどれだけあるか。」
欲のなさ気な事を言いつつも、公爵家の娘は誰よりも欲深かった。
「それに今から人助けをしつつ、潤わせてもらう事ですしね。」
「・・・何の話かな?」
父公爵は、ソファーから立ち上がって窓越しに山を見回した。
ここに利権の材料らしきものがあるというのか・・・?
「ああ、そちらではございませんわ。」
公爵家の娘は、水差しを掲げた。
「これですのよ、ここの財産は。」
「ガラスか?」
父公爵の度重なる的外しに、さすがの公爵家の娘もイラッとさせられる。
「チッ・・・。」
「お、おまえ、父親に向かって舌打ちとは・・・。」
公爵家の娘は、父公爵の怒りを上回る逆切れをした。
「威厳を保ちたければ、もう少し考えて発言なさって!
この小さな領土のどこに、豊富にガラス素材が出るとお思いですの?」
言った後に、自分の言葉にしばらく考え込む。
「お、おい・・・?」
オドオドする父公爵に、我に返り話を続ける。
「・・・ああ、それでですね、ここのお水は、ものすごく美味しいのですよ。
そこでその水で、民衆に広く飲まれる蒸留酒を作りたいのです。
肥沃ではない土地でも、安定した栽培が可能な
トウモロコシのお酒を考えておりますの。」
父公爵は、水をひと口含んでみた。
それだけでも、その水の美味しさには目を見張った。
「おお! これは・・・。」
「でしょう?
驚く事に、この地域の山には炭酸水の湧く場所もあるらしいのですよ。」
「何っ? これだけ美味い上に炭酸入りか?」
「ええ。」
父公爵は、グラスを陽にかざした。
「なるほど、思いがけない資源だな、これは。」
「ええ。 これはチェルニ男爵家だけでは無理な事業ですわ。
でしたら、他の家に譲ってあげる義理もないわけで。」
そして父公爵に釘を刺す事も忘れない。
「あたくしは純粋に、チェルニ男爵領に恩返しをしたいのです。
国一番の公爵家なら、充分に余裕がありますから
小さい領地の儲けを横取りなど、みっともない真似はなさいますまい。」
ほっほっほ と笑う愛娘を見て、父公爵は安堵した。
本当に立ち直ってくれて良かった。
身分ある者は、その気位ゆえに孤独感が激しい場合がある。
そういった者たちの、悲劇の末路をたくさん見てきた。
あの時の我が娘の首元にも、死神の鎌が掛かっていた。
それを、華ある年齢の時に数年掛かったとは言え、よくぞここまで・・・。
これは、本気でチェルニ男爵にはお礼をしないとな
父公爵は、腰を上げた。
「よし、事業の主導権は長男に任せるとして
わしは、おまえの快気祝いに工場を建ててやろう。
どうせ、その資金繰りはわしに頼むつもりだったのだろう?」
「お父さま!!! ありがとうございます、お父さま!」
思わず抱きついて喜ぶ公爵家の娘に、父公爵は目を細めた。
もうじき “臣下” として、接さねばならなくなるのだな。
王妃である我が娘に・・・。
続く
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