「お久しぶりでございます。」
頭を下げているのは、ウォルカーであった。
「おお、よく来てくれたわね。
ケルスートは元気かしら?」
「はい、この数年間、彼にはとても世話になりました。
南国との交易も、そう大規模ではありませんが
軌道に乗って安定いたしました。
わたしめにお役に立てる事は、最早ないかと・・・。」
ウォルカーは言いながら思った。
本当は、南国との交易では
もう5年前のあの日に、自分の役目は終わっていた。
俺の使命は、姫さまの望む品を入手する事だったのだから・・・。
ウォルカーは、5年前のあの日、公爵家の娘の見送りの日に
そのまま馬車に付いていこう、と計画していたのである。
それはケルスートにも了承を得ての事。
しかし、馬車の窓からチラリと見えた公爵家の娘の様子に
ケルスートから止められたのだ。
「今はまだ、そっとしておいておやんなさいな。」
それでもウォルカーは公爵家の娘に付いて行きたかった。
少しでも支えてあげたかった。
いや、自分があのお方の近くにいたいのだ。
やはり、このような気持ちでは、負担にしかならないのか・・・。
苦悩するウォルカーに、ケルスートは親身になってくれた。
「もうしばらくは、わしのところに居なされや。
あんたなら、姫さまが元気におなりになった暁には
絶対に、お側に呼んでもらえるから。」
その言葉を支えに、5年間ケルスートの元で
“商売” を学んできたのであった。
噂に聞こえる公爵家の娘の様子は、いつまで経っても思わしくなく
何度も、もう二度とお仕え出来ないのか、と諦めかけたが
ある日ひとりの男が訪ねてきた。
「姫さま、いや、お妃さまがあんたを呼んでいらっしゃる。」
待ち望んだ便りである。
そしてようやく、こうやって目の前でひざまずけた。
次は何を命じられるのか、そう身構えていたウォルカーに
公爵家の娘は意外な事を訊いてきた。
「ウォルカー、おまえは何の役職に就きたい?」
驚いて顔を上げるウォルカーに
バツが悪そうに扇で口元を隠しながら、公爵家の娘は言い訳をする。
「いえ、たまには願いも聞いてやらねばと思って・・・。」
高貴なお方は命じる事が仕事なのに・・・
このお方は本当に、ご心痛を味わったのだな
ウォルカーは、少し心にチクッとくるものを感じた。
「では、恐れながら、お妃さまの警護を・・・。」
その言葉は、公爵家の娘にとって意外だったらしい。
「そんなもので良いの?
軍の地位や、王宮での仕事など色々とあるわよ?」
ウォルカーの返事は変わらなかった。
「お妃さまの側でお仕えしとうございます。」
公爵家の娘は、ふむ・・・、としばらく考えた。
「よろしい。 その願い、叶えましょう。
しばらく待っていなさい。」
公爵家の娘は、机に向かい何かを書き始めた。
ロウを垂らして印章を押したので、書簡らしい。
「これを持って、エクマン侯爵のところへお行き。
その家には、東国一だと評判の執事がいるのよ。
おまえはその者に付いて、数年間修行をしてきなさい。
剣術も商売もこなせるおまえが執事になれば
あたくしが東国一の執事の主人になれるわ。」
また、側を離れての修行になるが
ウォルカーは、新たなる決意と希望を持って
その書簡を手にエクマン侯爵の家を訪ねた。
新王妃の封蝋に、エクマン侯爵が直々にウォルカーの前に現れる。
「・・・ふむ・・・、大貴族の執事ともなれば
本来ならば、貴族の末弟がなる高級職。
それをおまえのような家柄のない者を寄越すとは
お妃さまは、余程おまえに期待なさっていらっしゃるのだろう。」
手紙を読み終えたエクマン侯爵は
それを大事そうに、宝石があしらわれた豪華な木箱に入れた。
「このお手紙は、お妃さまのわしへの信頼の証。
我が家が代々受け継ぐべき、新たなる家宝となる。
よろしい、おまえを一流の執事にしてあげよう。」
ウォルカーは、感謝いたします、と頭を下げた。
続く
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