実際に蒸留酒の産業を軌道に乗せるには、2年では足りない。
同時進行で、他の事業も考えなくては。
公爵家の娘の日々は、何年も休んでいたツケが回ってきたかのように
一気に忙しくなっていた。
長椅子に座り込んで、山のような書類を膝に読みふける。
どこかにヒントがないかしら?
ふと目の端に、動くものが映る。
振り向くと、子供が窓に張り付いていた。
「何をしてるの! ここは2階よ、危ないでしょ。
ほら、気を付けてこっちに来なさい。」
公爵家の娘は、慌てて窓を開ける。
窓から顔を出すと、子供はレンガのわずかな突起に乗っていた。
「そそそそそそそなたは、お妃さまであられるか? フヒュヒュヒュヒュ」
部屋の中に入った子供の言葉遣いに、公爵家の娘は違和感を感じたが
そこは、長年培った社交術でこらえた。
「おまえは誰かしら?」
「それがしの父は、チェルニ男爵に仕える忍者の頭領でござりまする。
今日は父に付いて、この城に来たでござりまする。 ウフウフ」
子供は、東国では見かけないデザインの黒い服を着ている。
「忍者・・・?」
公爵家の娘には、その存在に覚えがあった。
大昔に滅亡した国に、そういう一族がいた史実がある。
まさか今の世に、存在してるとは・・・。
だが、これでチェルニ男爵の暗躍の理由が判明した。
「おまえの一族はどこにいるの?
今まで噂にも聞かなかったのだけど。」
公爵家の娘は、子供にクッキーを勧めた。
子供は心苦しそうに、美味しそうな菓子を断る。
「いや、それがしどもは、他所で飲食はせぬのでござりまする。
非礼をお許しくだされ。 by ハンゾー フヒュヒュヒュ」
真面目に言うので、笑うに笑えない。
「忍びの一族は、忍んでこそ忍者。
その存在を一般の者には知られてはならぬのでござりまする。
されど今日は、噂に聞く美しいお妃さまを拝見いたしたく・・・。
眼福、まことに感謝いたしまする。 ウフフフフフ」
窓から出て行こうとする忍者を、呼び止める公爵家の娘。
「待って、おまえの名は?」
「・・・ファフェイと申しまする、美しいお妃さま。 フーフフフフ」
ファフェイは、スルリと姿を隠した。
公爵家の娘が後を追って窓から覗いた時には、もうどこにもいなかった。
色んな人材がいるものね・・・
公爵家の娘は、妙な感心をさせられた。
「先程、そなたの “忍者” の子供に会ったわ。」
テラスでお茶を飲んでいるチェルニ男爵の前に現われる公爵家の娘。
「これは・・・、呼んでくだされば、こちらから伺いますのに。」
慌てて立つチェルニ男爵を制する公爵家の娘。
「そのまま、くつろいでよい。
あたくしにもお茶を。」
薄青色に晴れた空には、大きな鳥が羽を広げ優雅に旋回している。
山は鳥までダイナミックである。
居眠りしそうな良い天気ね・・・
公爵家の娘は、うたた寝してしまった会議の事を思い出して少し微笑んだ。
すっかりリラックスしている公爵家の娘を見るチェルニ男爵の目の奥に
ゆっくりと喜びと感謝がよぎっていく。
姫さまをお救いになれたのは、王さまだからこそ。
あの時にすぐに来ていただき、本当に助かった。
チェルニ男爵は、王の手柄だと思っていたが
公爵家の娘を傷付けたのは、そもそもは王なのである。
その傷を癒す心を取り戻させたのは、チェルニ男爵。
そして王の謝罪と請願によって、公爵家の娘は自分の価値を思い出す。
チェルニ男爵がいなければ、公爵家の娘もここにはいない。
「そなたと忍者の一族は、どういう関係なの?」
公爵家の娘は、ストレートに質問をした。
「はい。 あの者たちはこの領地に昔から隠れ住んでいる一族です。
わたくしが爵位を継いだ時に、その情報収集能力の高さを買って
色々と仕事をして貰っているのです。
ファフェイは、ちょっと変わった珍しい子ですが
他の者たちは普通の者と見た目は変わりませんよ。」
チェルニ男爵はファフェイを思い浮かべたのか、フフッと笑った。
いつも無表情なチェルニ男爵が漏らした笑い声の方が珍しかった。
「その忍者たちはどこにいるの?」
チェルニ男爵は、山を差した指を左から右へズーッと動かした。
「この領地の山に隠れ里があるらしいのですが
どこにいるのか、何人いるのかはわかりません。
わたくしを手伝う者たちは、この城や街、あちこちにおります。」
「そう・・・。
もう一度ファフェイに会いたいわね。」
公爵家の娘も、カップを口にしながらフフッと笑った。
続く
関連記事: 継母伝説・二番目の恋 60 12.12.3
継母伝説・二番目の恋 62 12.12.7
継母伝説・二番目の恋 1 12.6.4
カテゴリー 小説・黒雪姫シリーズ
小説・目次
コメントを残す