公爵家の娘が自室に戻ると、長椅子に座って
テーブルの上の菓子を食っている者がいた。
ファフェイである。
「・・・何週間ぶりかしら?」
「申しわけござりませぬ。 フシュウウウ・・・
今まで、ここから3つ南の地の図書館で調べものをしてたでございまする。
この辺りでは、そこが一番大きい図書館なのでございまする。 フウウ・・・」
公爵家の娘は、ファフェイの両手に握られた菓子を見る。
「ふーん。 で、おまえ、よそでは飲食しなかったんじゃないの?」
「それがしは、素晴らしい働きをして
お妃さまに仕える事が決まっているので
もう、ここは “よそ” ではないでございまする。 フヒッ
それに、毒に体を慣らしておるのは忍者の基本でござりまする。 フヒヒッ」
ファフェイの初々しさが、1回目のみで消えたのが
公爵家の娘の癇に障ったが、そこは大人の余裕で耐える。
「まあ、相応の働きをしてくれたら
少々の態度のデカさは不問に処すわ。
で、何か進展はあったの?」
「うむ!
それがしは山の資源が、バッチリ頭に入ったでござりまする!
フヒヒヒヒヒヒヒ」
「ああそうわかったわこれから現地を調べて回るというのね」
棒読みで一気に言う公爵家の娘。
もうこれでファフェイに何の期待もなくなった。
ファフェイは公爵家の娘のその態度にムッとする。
「それがしの本領は、これから発揮されるでございまする! フヒッ
仕事が遅いのは、知識の足りない子供だから
という事を肝に銘じて、広い心で待つでござる! フヒッフヒッ」
ファフェイが窓から出て行ったが
公爵家の娘は、今度は見に行く気もなかった。
が、ファフェイが無視に気付いて、傷ついたら面倒なので
とりあえず、窓から顔を出すだけはしておいた。
何せ、相手は子供だから、ね。
公爵家の娘は、自分にそう言い聞かせてイラ立ちを抑えた。
さあて、今度はもうひとりの “子供” の教育だわ。
公爵家の娘は、チェルニ男爵の長男夫婦を呼んだ。
チェルニ男爵の跡を継いで、男爵になる予定の嫡男とその正妻。
カチコチに緊張して、挨拶も相変わらずつっかえる長男に
公爵家の娘は厳しく接した。
宮廷に行けば、こんな小僧、ひとたまりもなく潰されるのがオチだわ!
チェルニ男爵の長男は、まだ未成年であったが
熱烈な恋愛をして子供が出来たので結婚をした、という経緯がある。
その情熱が、奥方や数人の側室にだけ向いてくれて
政治面でバカをやらない性格ならば良いのだけど・・・。
いずれこの子がチェルニ男爵になった時でも
王家や公爵家の役に立つよう、ここにいる内に教育しておかねば。
チェルニ男爵にとっては、これは願ったり叶ったりであった。
「宮廷の空気を、あのお方から学びなさい。
いずれは私がやっている仕事を、おまえがすべて受け継ぐのだから。」
チェルニ男爵は、長男夫婦を呼んで言い聞かせた。
長男夫婦は、普通の田舎の若者らしく純粋で無知である。
しかし、まさか宮廷に深く関わる事になるとは思わなかったから
田舎の空の下、伸び伸びと育てたのが裏目に出た・・・。
チェルニ男爵は、通常の家庭であれば
子育てにおいて成功した、と誇れる事を、貴族ゆえに後悔せねばならなかったが
こんな事になるとは、誰だって予想など出来なかったであろう。
ましてや、出世欲のないチェルニ男爵家なら、なおさら。
公爵家の娘は、立ち上がった。
「今から、大広間で説明会が開かれるそうよ。
そなたの父親が、領地内の有力者を集めて
この領地の今後の予定を発表するのよ。
それを見に行きましょう。」
部屋から出た公爵家の娘を先導するのは
ファフェイの父親であった。
ガッシリとした力の強そうな大男は、無口だが丁寧な案内をした。
息子の話はひとこともしなかった。
知っているのか、それともファフェイの独断か・・・
公爵家の娘は、ファフェイの父親の顔色を伺ったが
何の私的な感情も読み取れなかった。
4人は、階段の踊り場の仕掛け壁を通って
大広間が見下ろせる小部屋へと入った。
網目模様の小さな飾り窓なので
大広間からは、そこに人がいるのが見えないようになっている。
「こんな部屋があったなんて・・・。」
つぶやく長男を、公爵家の娘は人差し指を口に当てて制した。
続く
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