チェルニ男爵の長男は、複雑な想いであった。
それを察するのは、公爵家の娘にとっては何の推理でもない。
長男夫婦を自室に連れて行く。
カップを口に運びながら無言の公爵家の娘に
チェルニ男爵の長男は、どうしたら良いのか戸惑っていた。
そこに口を開いたのは、正妻であった。
「あの・・・、今わたくしが夫より先に喋るのは
夫を軽んじる事になるのでしょうか?」
その言葉に、公爵家の娘は少し驚いたが、ニッコリと微笑んだ。
「そうなる場合が多いけど、・・・そうね
チェルニ男爵の跡をちゃんと継ぐためには
あたくしの前でだけは、夫婦同列に扱わせて貰うわ。
ふたりとも、いずれは宮廷に出なければならないのだから
この機会に、しっかりと学んでちょうだいね。」
は、はい、と、慌ててチェルニ男爵の長男夫婦はお辞儀をした。
「で、何かしら?」
公爵家の娘は、チェルニ男爵の長男の正妻を見つめた。
チェルニ男爵の長男の正妻は、言いにくそうにしていたが
意を決して、口に出した。
「正直に申し上げて、これだけの事を
“お礼” でなさるとは思えないのです。」
この疑問を、公爵家の娘は重視した。
「今ここで、3つの事をしっかり覚えてちょうだい。
ひとつ目は、この領地が一生を掛けても稼げない金額のお金を
一瞬で使える人がこの世界には何人もいる、という事。」
それが現実、と言いたげであるかのように、公爵家の娘は扇を閉じた。
「ふたつ目、たとえ誰かに何の思惑があっても
あなた方に拒む力はない、という事。
3つ目は、あなた方には強力な味方ができたわけだけれども
それは同時に、多くの敵もできたという事。」
この言葉に、チェルニ男爵の長男は脅えた表情になったが
公爵家の娘は、それを許さなかった。
「逆らう事が出来ない運命に、流されている最中でも
誰が敵なのか、何をどうしようとしているのか
絶えず観察し分析して、考えなさい。
それを冷静に出来てこそ、領地を守る事が可能になるのですよ。」
夫婦ふたりになった時に、チェルニ男爵の長男の正妻が言った。
「お義父さまが、領地にとって悪い事をなさるわけがないわ。」
その言葉は、父親を敬愛する息子には説得力を持っていた。
確かに父男爵は、この事業に乗り気である。
それが国王夫妻への忠誠心からでも
男爵領の不幸に繋がる事ならば、そこまで熱心にはならないはず。
「うむ。 確かにこれは男爵領にとって幸運な事だと思う。
ぼくたちも頑張って、お手伝いをしよう。」
チェルニ男爵の長男は、正妻の両手を握った。
“お手伝い” じゃなく、指揮をも執らないと・・・、と
正妻は思ったけど、この純粋さがこの人の良いところなのだし
と、急ごうとする自分を抑えた。
久々に気が利く女性を見つけて、公爵家の娘は上機嫌であった。
チェルニ男爵は、長男を甘やかしてしまったようだけど
あの正妻がついているならば、まだ期待は出来るかもね。
何より、男爵領が大きく動こうとしている今
抜かりないチェルニ男爵が、長男の再教育をしないわけがない。
ならばあたくしは、あの正妻の方を鍛えてあげましょう。
以降、公爵家の娘がこの正妻を連れているところが
多く見られるようになった。
続く
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