公爵家の娘の部屋は、以前の部屋とは離れた場所に置かれた。
先王妃の部屋は、現王の代は使わずに閉じられたままになる。
王は新たに城を造りたかったが
公爵家の娘の男爵領興しで大金を貢がせられたので
同じ城の中で引っ越しをするしかなかった。
「まあ、やむを得ぬ。
公爵家の姫より大きな買い物はないのだから。」
王は、そう言って笑った。
現王は、ギャンブルも女遊びも他の余計な事も一切しない、
統治される側からしたら、理想的な人物なのだが
それ以外は、かなりヌケたところがある。
周囲にそのヌケを補わせるのが、王の仕事のひとつであり
王は、正当な血筋からくる威厳によって、それを成していた。
その王が、我が子に体の弱かった母の二の舞を踏ませたくない
と願えば、誰もがそのように動くのは当然。
黒雪姫は “強くたくましく”、と東国中から願われて育った。
その親心がわかる公爵家の娘も
それに倣ってしまうのは、いたしかたのない事。
「ファフェイ!」
「はっ・・・。」
天井からストッと飛び降りたファフェイと
呼んだ公爵家の娘は、見つめ合って フッ と笑った。
何だかんだで、こういう小芝居が好きな二人。
「あたくしに剣を教えなさい。」
「剣?」
黒雪姫に得意武器を訊かれ、何もなかった公爵家の娘は
一番貴婦人らしい気がする “レイピア”、細身の剣だと騙ってしまった。
これから秘密特訓を重ねて、剣術を身に着けねば。
公爵家の娘の、こういう陰での努力は立派だが
教えを請う相手を間違っていた。
レイピアならチェルニ男爵にでも習えば良かったのに・・・。
公爵家の娘は地道な練習を重ね
数ヵ月後には、日本刀で何とか巻き藁を切れるようになる。
割に天才である。
そうこうしている内に、黒雪姫の王位継承権獲得の儀が迫ったある日。
テラスでお茶をしている公爵家の娘の耳に
不気味な音が聴こえてきた。
ズ~リ ズ~リ ズ~リ
周囲の貴族たちには、その音が聴こえないのか
変わらずに談笑を続けている。
が、その音は背後からずっと続いている。
場の雰囲気を壊さないよう、笑顔で話の輪に加わっている公爵家の娘だが
耳だけは後ろ向きに回転したかのように、音を追ってしまう。
とうとう我慢できず、ゆっくりと後ろを振り向いた公爵家の娘の目と
迷彩服に体中に木の枝を突き刺して地面を這う黒雪姫の目が合った。
まるでそこに獣がいるようだった。
「・・・あなた・・・、何をしてらっしゃるのかしら?」
公爵家の娘が、口の端を引きつらせながらも、平静を装って訊く。
「ほふく前進ですわ! お継母さま!」
黒雪姫は、地面に這いつくばったままハキハキと答えた。
「黒雪姫さまの日常の訓練ですのよ。」
「黒雪姫さまには健康でいてほしいですからな。」
お茶をしている貴族たちが、微笑みながら弁護する。
公爵家の娘の血管が切れそうになった。
続く
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