注: この話は、架空の時代の架空の国の話です。
出てくる用語は、戦国から江戸時代のものを参考にはしていますが
官職等による呼び名は特に難しいので、ほぼ省きます。
これは決して史実に沿った歴史小説ではありません。 ごめん。
八島 (やしま) の殿のご自慢は、武力に長けた三人の若い武将。
冷徹で血筋の良い見目麗しい、千早高雄 (ちはや たかお)
真面目で実直ゆえ誰からも好感を持たれる、伊吹 (いぶき)
遊び好きだが戦場では鬼人と化す頼もしい、乾行 (けんこう)
高雄を除くふたりは、いくさ孤児ゆえ苗字がない。
三人は歳が近い割に、性格がバラバラだったのがかえって良かったのか
気が合い、協力し合う友である。
時は、天下を治める者が出ず、あちこちで小競り合いが続く
正に “戦乱の世” であった。
「伊吹、どこへ行くのだ。」
声を掛けたのは高雄。
「合戦となる地を、下見に行ってくる。」
「そうか、私はこれから町で兵の募集だ。」
「管理職は大変だな。」
笑う伊吹に、苦々しい顔をする高雄。
「・・・言うな、家の名ばかりの役職だ。
ところで乾行は?」
「・・・さあ? 町に行けば会えるんじゃないか?」
「という事は、また女遊びだな。
とっ捕まえて手伝わせてやろう。」
じゃあな、と別れるふたり。
乾行が逃げ回る姿が目に浮かび、伊吹はクスッと笑った。
町から少し歩いた先の小高い丘の向こうに、荒れた平地が広がる。
そこは過去に何度も戦場になっている場所であった、と聞く。
人が歩いた形跡がない急な土手を、手を付きながら登ると
目の前に青空が開けてきた。
やっと頂上か
ふう、と息を付いた伊吹が、次の瞬間その息を呑んだのは
まだ肌寒い季節なのに、鮮やかな花が咲いていたからである。
いや、花ではなかった。
思わず一歩を踏み出した伊吹の足が踏んだ枯れ枝が
パキンと音を響かせた瞬間
長い髪をひとつに結んだ、赤い着物の娘が振り向いた。
娘の顔に陰がよぎったのを感じ、伊吹は慌てた。
「驚かせてすまぬ。
安心いたせ、俺は怪しいものではない。
それより、そなたこそ何故ここにおる?
若い娘がこのようなひと気のない場所に、危ないであろう。」
娘は、ひどく迷っている様子であったので
落ち着くまで待とうとした伊吹の心をはねのけるように
向こう側へと飛び降りた。
伊吹が慌てて駆け寄ると、頂上の向こう側も似たような坂になっていた。
娘の背丈以上に生い茂った枯れ草が
ガサガサと揺れるのが、どんどん遠くなっていくので
とりあえず怪我はしていないようだ、と伊吹は安心した。
あの様子じゃ、ここらに慣れているようなので
きっと近隣の娘であろう。
にしても、人を花と見間違うとは・・・。
伊吹は自分の目を疑ったが
その娘は確かに、花のように美しかった。
「何? 今日はおまえも町に行くのか?」
乾行に肩を抱かれて、伊吹は答に困った。
それに構わず、乾行は話を続ける。
「昨日は参ったぜえ。
せっかくイイ女を見っけて、これからって時に
高雄の奴が腕組みして、見下しながら現れやがって
女も 『あら、イイ男』 とか、ヤツの顔に騙されやがってよお。
綺麗なのはツラだけで、中身は鬼だってのによお。」
「あっはははははは」
思った以上の最悪な展開に、伊吹は前のめりになりながら腹を抱えて笑った。
「何だよ、おりゃあ、それから一日中コキ使われたんだぜえ。
イイ女たちが大勢いるってのに、野郎の面接の手伝いなんてよお。」
伊吹は、ふと訊いた。
「町にはイイ女がいっぱいいるのか?」
その質問に、乾行は はあ? と大口を開けた。
「まったく、おめえといい高雄といい
何度も町を通ってて、女以外の何を見てるんだよ?」
ああ、信じらんねえ信じらんねえ
こんな情緒のない野郎と一緒にいたら、こっちまで萎えちまう
と、嘆きながら、乾行は馬にヒラリとまたがった。
「んじゃな。
今日は俺の居場所を密告すんじゃねえぞ。」
伊吹は慌てた。
「俺は何も言ってないぞ!」
「おまえの居場所なんか、いつでも探してやるさ。」
伊吹の後ろから、突然現れた高雄が叫ぶ。
びっくりして振り向く伊吹の肩に、今度は高雄が手を回す。
「さあ、今日はおまえが手伝ってくれるんだろ?」
続く
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