「・・・おい、おまえ、どうした?
ずっと今日は上の空だな。」
ボーッと町行く人々を眺める伊吹に、高雄が声を掛ける。
「なあ、おまえは女に興味がないのか?」
伊吹の質問に、高雄は静かに、しかし辛らつに言う。
「おまえがそんな事を言うとは、乾行の病気が移ったか?」
気まずそうな表情になる伊吹に、申し訳なく思ったのか
高雄は真面目に答えた。
「私の結婚は、家の政治だ。
よって無駄な事はしたくない。」
「・・・女を想うのが無駄か・・・?」
高雄が珍しく、目を見開く。
「想っているのか?」
「いっ・・・いや、想っていない、想っていない!」
伊吹が立ち上がった拍子に、台が倒れて書類が散らばる。
「おまえは・・・」
「すまん・・・」
ふたりで書類を拾い集めるが、その数は少ない。
「ここいらの地では、うちの陣の兵は集まりにくいな・・・。」
「そうか、相手の人気が高いんだな。」
「うむ、領地から遠い出兵では、半農の兵を連れては来にくい。
ましてや、ようやく田畑作業を始められる季節だしな。」
書類をトントンと揃えながら、高雄が言う。
「今回のいくさで出てくる、龍田 (たつた) 家は
我らが八島家とは、何の遺恨もないのだが
山城 (やましろ) 家との義理で、やむなくだそうだ。
民にとっては、良い統治をしている良い殿らしいので
負け戦で散らせるのは惜しいな。」
「うむ・・・。
我が大殿は、そこは容赦せぬからな・・・。」
この時代、余程の事がない限り、やいばを向けた者は家ごと滅ぼすのが掟。
拮抗した力の家がいくつもあると、裏切りが横行するからである。
今回の戦いの相手も、そういうしがらみに縛られて
本来なら相対する事のない、何倍もの兵力を持つ八島家に
立ち向かわざるを得ない状況で、同情の声も多かった。
「しかし本当に迷惑なのは、近隣の町や村だな。
いくさがある度に、田畑が荒らされ
男たちがかりだされて大勢が死ぬ。」
高雄のこの言葉に、伊吹は急に不安になった。
あの娘、今日もあそこにいるのではないか?
いくさ渡りを生業とする野武士らも集まって来ている。
中にはタチの悪い奴らもいる。
いくら慣れている土地とはいえ、そういう輩に囲まれたら・・・。
「すまぬ、高雄、後は乾行に頼んでくれ。
あいつは多分、居酒屋にいる。」
走り去る伊吹を見送りながら、高雄はつぶやいた。
「裏切ったな・・・。」
だが、乾行の本当の居場所は甘味処だ
甘いものが好きな町娘を引っ掛けているのだぞ。
高雄はスッと立ち上がり、作業をしている者たちに告げる。
「おまえたちは続けてくれ。
私はすぐに乾行を連れて戻る。」
続く
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