殿のご自慢 3

昨日の場所に来たが、誰もいない。
良かった、と思う反面、ガッカリする気持ちがあり
俺は何を期待していたのか、と頭を振る伊吹。
 
昨日はあの出来事に驚いて、結局目的を忘れて帰ってしまったんだった
丁度良い、予定していた下見をしておこう。
 
 
伊吹は平原の右手を指差した。
あそこが我が方が陣を置く場所。
中央右に乾行、左に俺、高雄は真ん中の奥。
 
腕を水平に左に動かす。
乾行と俺の突撃に怯まぬ兵はいない。
高雄は少し後ろから、逃れ出る兵を討つ。
 
そうやって、三角の布陣が出来上がる
3人が揃う戦場では、それがいつもの兵法で最強だが・・・
戦いに “絶対” はない。
今回も俺たちは三人、水さかずきを交わして、この地に立つのであろう。
 
 
伊吹は空を仰いだ。
もう陽はあたりを赤く染め始めている。
まだ陽も短いというのに、冬が終わった途端にいくさとは・・・。
 
伊吹は戦いが好きではなかった。
しかし陣取り合戦に意欲のある殿に拾われたからには
いくさで役に立たねば、生きている価値がない。
 
乾行が女遊びに狂っているのは、いつ死ぬかわからない人生だからであろう。
家に縛られている高雄は、女に興味がない。
俺は・・・・・
 
 
視線をふと下ろしたら、枯れ草の中に赤い花のかんざしが落ちていた。
これは、昨日のか?
拾い上げて、あたりを見る。
誰の気配もない。
 
このような目立つものは、昨日はなかった。
あの娘、もしや今日も来ていたのであろうか?
 
 
伊吹はかんざしに付いた赤い花を見つめた。
このかんざし、花のようなあの娘に似合っていよう。
だが、どうしたものか。
失くして困っているかも知れぬ。
 
もしここに探しに来た時に、野ざらしでは可哀想だな。
伊吹は袂から出した手拭いで、かんざしを包んで地面に置いた。
 
 
朝起きて顔を洗いに出たら、既に身支度を済ませた高雄に呼び止められた。
「すまぬが、今日は新参の兵に規律を教えてやってはくれまいか。」
 
高雄の顔色が優れない。
無理もない。
もうすぐ開戦だが、主軸となる重臣たちもまだ来ていない。
領地から離れた地でのいくさは、準備に手間取り
それを高雄が一手に引き受けている。
 
俺も手助けをしてやらねば。
伊吹は、高雄が少しでも元気が出るよう明るく言う。
「うむ、そっちの方は任せろ。」
 
「すまぬな。 本来は私の仕事なのだが・・・。」
「いや、俺は開戦前は暇なので、何でも言ってくれ。」
高雄は礼の代わりに手を上げて、廊下を急ぎ歩いて行った。
 
 
募集兵は、その多くが小銭稼ぎの一度限りの参戦である。
そのような者たちに、作戦を授けるのは無理どころか
こちらの戦法を敵方に洩らされでもしたら大変である。
 
よって、募集兵には我が陣営にいる時に
守ってほしい、しきたりや流儀を伝えるぐらいしかない。
 
 
戦場での働きは、武将たちがいかに足軽を鼓舞させ
指揮を取れるかに懸かっている。
だから武将は真っ先に、敵兵の中に突っ込むのである。
 
強い武将は、いくさの場において
まるで軍神をその身に降ろしたかのように輝く。
戦場は、武士の晴れ舞台であった。
 
 
高雄はその冷たい美しさで、兵を惹きつけ
乾行は派手な豪腕で、兵の意欲をあおる。
 
俺には何もない、そう落ち込む伊吹であったが
堅実さと誠実さによる安定感は、誰よりも勝っていた。
 
“死にたくなければ伊吹さまの隊に入れ”
それが野武士らの認識で、結果的に生きていくさを重ね
経験を積んだ者たちが、伊吹の周囲に集まってきていた事を
伊吹は知らなかった。
 
 
 続く 
 
 
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