新参兵への説明も一通り終わり、高雄のところに手伝いに行こうとした時に
城女中が声を掛けてきた。
「あの・・・」
「これは、世話になっている。」
伊吹は一礼をした。
八島家は、西の隣国の吾妻 (あづま) 家との争いに忙しく
東の向こうにいる山城家にまでは、手を伸ばせなかった。
それは山城家も同じ事で、東の勢力を束ねようとするだけで精一杯であった。
その両家が何故ぶつかる事になったのか。
それは八島家と山城家の領地の、ちょうど中間にある
山城家所有の領の民が決起したのである。
年貢の取立てが厳しすぎる、と。
事実、山城家は東国の敵対大名家たちとの
度重なるいくさで、疲弊していた。
足りない費用は、民に課す税で補うほどに。
それを見逃すはずがないのが、天下の覇権に色気を出す八島家。
これを機会に山城家を潰し、東の大名たちを配下に置かんと
乗り出してきたのである。
山城家は、このいくさの主力を
決起地の南方に居を構える同盟国の龍田家に任せた。
龍田家はこのいくさに反対であった。
山城家には東をまとめられるほどの力は、もうないのに
我欲で無謀な戦いを重ねて、民を苦しめているようにしか思えないからだ。
元々龍田家は歴史ある家系なので
いくさをしてまで、領地を広げようという野心もなく
山城家のいくさには、ほとんど関わらずにやり過ごしていた。
だが今は亡き龍田の祖父が、帝の娘と恋仲になった時に
いくら伝統があるとはいえ、たかが地方の一大名に娘をやりたくない帝を
説得してくれたのが、山城の曽祖父であった。
あの時の山城、龍田の両家の主は、確かに友人であったのだが
代替わりをした今は、龍田家は山城家の天下取りの道具に過ぎない。
“帝の血を継ぐ家を配下に持つ” という理屈のための。
そういういくさに、八島家は遠征して戦いに臨むのだが
開戦したら、戦場近くに陣営を張る。
それまでは八島家所属の武士や使用人たちは
もっと手前の町の近くの、豪族の城に逗留させてもらっているのである。
城女中は驚いた。
八島家と言えば、天下を取らんとする有力大名のひとつ。
地方豪族の者など、利用できなければ殺されるだけである。
現に八島家の多くの者は、我が物顔で城をウロついている。
その恐ろしい力を持つ大名家の臣下が
女中である自分に頭を下げて礼を言うとは。
それでも顔色を伺いながら、恐る恐る言う。
「あの・・・、どなたさまに申せば良いのかわからないのですが・・・。」
城女中に伊吹は気さくに応えた。
「俺に言ってくれれば、しかるべき者に申し伝えるゆえ
安心して言っていいぞ。」
「はい、実はこのままいけば、お米が足りなくなるかも知れません・・・。」
その言葉を聞いて、伊吹は理由をすぐに思いついた。
なるほど、普段は通いで戦いに来てくれる者も多い場所でのいくさだったが
今回は地の者が加勢してくれないので
寝泊りと食事の用意も計算が狂ったのだな。
「わかった。
すぐにどうにかするので心配しなくて良いぞ。」
伊吹の快諾に、城女中はようやく安心した。
いくら優しげとはいえ、気が荒くなければ武士は務まらないからで
彼らの自尊心をどこで傷付けるかわからないので、気を遣ってしまうのだ。
さて、賄い方 (まかないかた) は誰であったかな。
これは高雄を探した方が早いか?
いや、これ以上、あいつの仕事を増やしたくない。
伊吹が悩みながら、城の裏庭に行くと
安宅 (あたか) が声を掛けてきた。
この青年は、高雄の小姓である。
小姓とは、身分のある世継ぎ男子に付く部下で
自らも身分が高くないとなれない。
警護から身の回り一式、仕事の手伝いに至るまで
高雄のすべての世話をする役目の者である。
「伊吹どの、高雄さまは今、城にはおりませぬが。」
もう開戦も近いこの時期に、安宅を残しての外出など
高雄の立場からしても、ありえない。
「何かあったのですか?」
安宅は本来なら、口が固い忠実な部下だが
伊吹は高雄の親友であるので、声をひそめて告げた。
「はい、実は大殿の到着が遅れそうなのです。
高雄さまは詳しい事を確かめに
国境 (くにざかい) まで出向かれました。」
「何と・・・、そのような事も起きておるのか。
困ったな・・・。」
あごに手をやり考え込む伊吹に、今度は安宅が訊く。
「どうなさいましたか?」
伊吹は食料の事を安宅に相談した。
「合戦中に食料が足りなくなるのだけは避けねば。」
「そうですね。 では、わたくしは賄い頭を探します。
伊吹どのは、町に行って米の手配をしていただけますか?
事後承諾やむなしだと思うのです。」
「うむ、俺もそう思います。」
当面の蓄えの大体の量を、ふたりで計算し
安宅は台所へ、伊吹は手の空いた者を数人連れて、町へと馬を走らせた。
続く
関連記事 : 殿のご自慢 3 13.2.19
殿のご自慢 5 13.2.25
殿のご自慢・目次
コメントを残す