町の問屋で一通りを依頼し、差し当たり店で仕入れた食料を馬に積み終わり
供の者に城まで運ぶ段取りを終え
やれやれ、と肩を揉む伊吹の目に、小間物屋の店先に並んだ商品が入った。
女が使う手拭いや髪飾りが並んでいる。
伊吹がついつい覗き込むと、売り子の娘が声を掛けてきた。
「イイお人にあげなさるんで?」
伊吹は少し顔を赤らめながら、いや、とだけ答えた。
しかし並んでいる商品は、どれも大人しい色のものばかりである。
「真っ赤なのはないのか?」
伊吹の問いに、売り子は笑った。
「お客さん、そんな高いものはうちでは扱っていませんよ。」
「高い?」
「真っ赤な染料って、すごく高価なんですよお。
そういうのがご希望なら、こっちに来てくださいな。」
売り子は戸惑う伊吹をグイグイ引っ張って、立派な構えの店へと入った。
「お客さんだよお、呉服屋さん。
この人、赤染めの小物が欲しいんだって。」
勝手な説明をすると、親切をしてあげたと思っているように
誇らしげに、伊吹を見上げてニッコリと笑う。
「ここならお客さんの言ってる品もあるよ。
次はうちでも買っとくれよ。」
呆然とする伊吹を置いて、売り子はさっさと出て行った。
「これはこれはお侍さん、赤染めとは高級志向でございますな。」
もみ手をする店の主人、赤いものは相当高いようだ。
伊吹、絶体絶命の危機。
「すまぬ、さっきの娘のところで、ただ小物を見てただけで
買うつもりはなかったのだが、・・・そうもいかぬな。」
伊吹は懐から小さい巾着を取り出した。
「今、俺が手持ちの金子はこれだけだ。」
小さな金の粒が1個に、後は銀粒が4つ
あちこちで流通している、色々な種類の銅銭が5枚。
「金粒は、これで当分は食っていかねばならぬから出せぬ。
できるなら銀もひとつは残しておきたい。」
伊吹の開けっ広げな説明に、主人はプッと吹き出した。
「正直なお方でいらっしゃいますな。
で、どのようなお方に贈り物をなさりたいのです?」
伊吹は、その説明にも困った。
一度しか会っていない、しかも話もしていない娘に贈り物など
滑稽 (こっけい) に思われそうだったので、不本意な嘘を付いてしまう。
「・・・と、時々会う、花のような娘に・・・。」
言っていて、顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。
「その娘が真っ赤な着物を着ているので
赤が好きなのだろう、と・・・。」
「全身、赤の地のお着物ですか?」
「うむ、かんざしにも赤い花が付いているのだ。」
主人は少し考え込むと、ちょっと失礼しますよ、と
奥へと引っ込んで行った。
伊吹はおかみから出された茶を飲みながら、間が持たない様子で
暖簾 (のれん) の下から見える、町行く人々の足元を見ていたりした。
やがて主人は、盆を持って戻ってきた。
盆の上には緑色の組み紐が1本乗っている。
これは何だろう? と伊吹が覗き込んでいると
主人が紐を手にとって、説明し始めた。
「その娘さんは、赤いお着物を着てらっしゃるんでしょう?
でしたら、赤に赤は目立ちません。
この組み紐をよくごらんください。
濃い緑と黄色がかった淡い緑の2色が使われております。」
伊吹は覗き込んで、感心した。
「おお、美しいな。」
「この濃い方の緑は薄緑 (うすみどり)
淡い緑は薄萌葱 (うすもえぎ) というんですよ。
緑は赤を引き立てて、とても良く映えます。
花には緑が付きものでしょう?」
主人の説明に、いたく感心した伊吹はそれを買う事にした。
「これなら、おまけしてその銀粒1つで結構ですよ。」
店に入った時はどうなるかと思ったが
良い贈り物が入手できて良かった。
「その紐は、髪を縛ったり、首から物を下げたり、袋の口を閉じたり
色々な使い方ができるので、重宝しますよ。」
主人に、笑顔で言う伊吹。
「うむ、良いものを紹介してくれて礼を言う。
また何かあったら頼むぞ。」
「お待ちいたしております。」
主人は深々と頭を下げた。
伊吹が店を出て行ってしばらくして、主人は頭を上げた。
「あんた・・・。」
隣で表情を曇らせているおかみは、主人の女房である。
「あのお方は、西の方のお侍さんだな。
良さそうな青年なのに、お気の毒にな。」
続く
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