殿のご自慢 6

思いがけずに、娘への贈り物を買ってしまった伊吹は
どうしようか迷ったが、あの丘へと向かう事にした。
 
まだ陽は斜め上にある。
もしかしたら、と、無意識に足が速まる。
 
空が見えてきたが、やはり花はない。
俺は何を期待していたのだろう、と笑いすら込み上げてくる。
一度見かけただけの、話もしていない女のために
決して安くはない金を使ったりして、自分がとても滑稽に思える。
 
この草むらも何度通っても、自分の足跡しかない。
伊吹は急に泣きたくなるような孤独感に襲われた。
 
 
しかし伊吹は武士。
合戦前に弱気になっていたら、士気に関わる。
 
仕方あるまい。
この紐は男でも使える。
自分で使えば良い。
 
そうは思っても、急ぎ足も次第にトボトボと力がなくなり
空が見えてから頂上に着くまでに、かなり時間が掛かってしまった。
 
 
本当に花が咲いている
そう思ったのは、地面に置かれた真っ赤な手拭いゆえであった。
伊吹は駆け寄り、それを慌てて拾う。
フワッと香った甘い匂いに、軽いめまいがする。
 
手拭いには、小さな巾着袋が包まれていた。
・・・・・・緑だ!!!
伊吹は、娘との不可思議な縁を感じずにはいられなかった。
 
 
地面に正座をすると、膝の上に懐から出した自分の手拭いを広げた。
今まで使っていたのは、この前かんざしを包んだので
これは新しく買ったものである。
しかし、単なるくすんだ灰色のつまらない布でしかない。
 
その手拭いの上に組み紐を大事そうに置き、丁寧に丁寧に包んだ。
そしてそれを、娘の手拭いが置いてあったところにソッと置いた。
 
 
これは、金子入れであろうか?
俺が使っているのは、もうボロボロで破れていて
呉服屋の主人も、見て少し笑っていた。
 
ありがたい。
女というのは、何故こういう事に気が回るのだろう?
 
伊吹は巾着の中を覗いたり、裏返して眺めたりした。
おお、内側は外側よりも濃い緑なのか。
布が二重になっておるのだな。
これは丈夫で良い。
 
 
ひとしきり巾着を眺めた後に、伊吹はふと不安を感じた。
・・・この緑は、組み紐の緑とちょっと違う色だな。
 
あの紐より、もっと鮮やかな緑だ。
あの娘ははっきりした色が好みなのだろうか?
 
伊吹はさっき置いた手拭いを拾い、もう一度組み紐を出してみる。
この紐の色、少し地味ではないか?
ああ、そういえば
 
巾着が包まれていた赤い手拭いを、膝の上に広げた。
その赤い手拭いの上に、巾着と紐を置いてみる。
この赤に確かに、この巾着の緑は目立つが
この紐の緑の方がしっくりと落ち着いて、良いように思える。
 
 
ふう・・・・・・・
ひとしきり考えた後、伊吹は溜め息を付いた。
 
俺にこういう事柄は難し過ぎる。
あの娘が気に入ってくれなかったら、また呉服屋の主人に相談すればよい。
この赤い手拭いも借りよう。
この赤に、より合うものを見繕ってくれるであろう。
 
しかし、これが高価だという、赤染めという色か。
確かにこのような鮮やかな赤は初めて見る。
花と見間違えるのも無理はないな。
 
 
伊吹は再び組み紐を包んだ手拭いを置き、赤い手拭いは懐に入れた。
巾着はそのまま手に持ち、陽にかざして眺めながら丘を降りた。
 
 
 続く 
 
 
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