「・・・伊吹が女くせえ・・・。」
乾行の言葉を、高雄がたしなめる。
「あいつが女々しいなど、的外れの悪口だな。」
乾行は叫んだ。
「馬鹿か!
おりゃあ、別に今あいつと喧嘩なんかしてねえよ!」
乾行は高雄の着物の襟を両手で掴んで引き寄せ、小声でささやく。
「俺が言ってるのは、あいつから女の匂いがする、ってんだよ。」
高雄は嫌そうに、乾行の顔を手で押しのける。
「おまえの面 (つら) を間近で見せるな。」
「失礼な!」
とは言ったものの、意外にも乾行は怒らない。
「おまえのような綺麗な男に言われたら、反論は出来ねえな。」
「容姿など、能のない者への世辞にしか過ぎぬ。」
高雄は自分の容姿を褒められるのが、好きではなかった。
いくら頑張っても、人はまずその美しさを称える。
能力への評価をされていないわけではないが
「お綺麗なのに、その上うんぬん」 という褒め方をされるので
高雄にとっては、整った容姿は邪魔でしかなかった。
「で、おまえと仲が良い伊吹が何だって?」
高雄の嫌味に乾行は動じない。
「妬いてんのかよお。
おまえともこんなに仲良しじゃねえかよお。」
抱き付いてくる乾行と取っ組み合いをし
ようやく足払いで、相手を地面に転がした高雄がさすがにブチ切れた。
「話を進めろ!!!」
「うむ、すまん・・・。」
ふたりともゼイゼイ言っている。
「伊吹から、女の良い匂いがするのだ。」
「あの伊吹に女ができた、と言いたいのか?」
馬鹿らしい、といった素振りの高雄に乾行が言う。
「おりゃあ、女の達人だぜ?」
高雄は考えた。
確かにこいつは八島家家臣一の遊び人。
「どんな女だ?」
「本人を見た事はないが、どうも良い家の嬢ちゃんのようだ。
素人の若い娘が好みそうな匂いだけど、香料が高価に思える。」
その推理に、高雄は感心した。
「確かにおまえは女の達人だな。」
「ふん、俺みたいなご面相の男が、ただ近寄っても
女は相手にしちゃくれねえんだよ。
遊ぶにも努力が必要なのさ。」
「乾行・・・」
慰めようとする高雄を、乾行は両手で牽制した。
「おっと、面の事で、おまえにだけは慰められたくねえなあ。」
高雄は目を冷たく光らせると、乾行の手を握った。
「乾行、おまえは本当にイイ男だぞ。」
「高雄ーーーっ、おまえって奴はああああああああ!」
再び取っ組み合う。
土ボコリまみれになって、地面に座り込むふたり。
「伊吹が心配だ。
あいつは真面目な男だ。
騙されていなければよいが・・・。」
「うむ、俺もそう思う。
しばらく、それとなく伊吹を見張っておくさ。
おまえは大殿の迎えで忙しいだろうし。」
「・・・それが、実はな・・・」
高雄が声を潜めた。
「明日来る予定だった大殿が、数日遅れそうなのだ。」
八島の殿は、今回のいくさの総大将である。
その立場にある者が戦場にいないのは、士気に大きく影響を与える。
「では、総大将代理を立てるのか?」
「その事で私は国境まで帰って、連絡を取ったのだ。
大殿が言うには、主だった重臣たち共々
怨敵、吾妻家との睨み合いで、こちらに来られないらしい。」
乾行が険しい表情になる。
「おいおい、それじゃあ、今回の編成は
おまえが一番上で、他は伊吹と俺以下の下級武士たちで何とかしろ
と、言ってるのかよ?」
無言の高雄に、乾行が苦々しく言う。
「孤児だった俺や伊吹を重用してくれるのはありがたいんだが
時々このような無体な事をなさるから・・・」
「乾行、言うな。
おまえが暗い顔をしていると、皆も沈む。
するまでもない勝ちいくさが、我らの力量を示す勝ちいくさになっただけだ。」
高雄のそのつぶやきに、乾行は仰向けに寝っ転がった。
「良かったな、今回は俺らが三人揃っていて。」
高雄も空を仰ぐ。
「うむ。 我らの三角は無敵だ。」
続く
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