とうとう開戦の日がやってきた。
翌日にでも始まる、と思われたいくさは
何故か龍田家側がいくさ場に現れず
延びに延びて、三日後にまで遅滞した。
それでも八島の殿も、重臣たちも到着せず
八島家陣営に総大将の旗は立たなかった。
戦場に両陣営が揃った。
その瞬間、高雄は愕然とした。
何だ、龍田家側の数は!
龍田家の兵士の数は、八島家側と同じぐらいなのだ。
あれだけ兵を集めるのを苦労したあげくに
殿を始め、八島家の主だった重臣たちが来ていないのにも関わらず。
龍田家はいくさを好まず、山城家との付き合いで
どうしても、という時にしか参戦せず
そういう家だから、重臣たちにも名のある武将もいない。
こちらには、伊吹と乾行の我々三人がいるぶん
こちらの人数が少なくとも、勝てる戦いなのである。
龍田家は少なくとも、倍の兵数を集めてしかるべき。
高雄に疑心が生じる。
まさか大殿はこれを見越して、わざとおいでにならなかったのでは・・・
「ひゃっほう!」
乾行の声が響き、高雄は我に返った。
「敵さんたち、少なくて楽勝だねえ。
だけど、おめえら、手を抜いちゃダメだよお?
どんな相手にも全力で! それが武士の礼儀っつーもんよ。」
兵たちが おおおおっ と呼応する。
高雄の頭が冷えた。
そうだ、私たちだけでやらなくてはならないのではない
私たちだけで充分なのだ。
「いくぞ、矢を放て!」
高雄の言葉に、開戦の合図の鏑矢 (かぶらや) が敵陣営へと射ち込まれる。
相手方からも、ヒュウウと音を上げて矢が飛んできた。
「開戦だあっ!」
両陣営は、一斉に走り始める。
「いくぞ! 俺らが先駆けだあっ!」
乾行が叫ぶと、兵たちも雄叫びを上げる。
相変わらず、盛り上げるのが上手い
高雄がそう思った時、敵陣営からも同様の おおおっ と声が上がった。
相手陣営にも兵を引っ張る者がいるようだ。
“花がいる”
甲冑に身を包み、手には槍を持ち、馬上にいる伊吹が思う事ではない。
その花は、どんどんとこちらに走り寄り
伊吹に向かって、突っ込んで来るかと思われたが
その少し手前で急にヒヒヒンと馬がいななき、その足を止めた。
その馬に乗っていた真っ赤な甲冑の女は
確かにあの時あの場所にいた、あの花であった。
そこは戦場にも関わらず、見合ったふたりの驚愕に圧倒され
その周囲だけは、誰も身動きを取れなくなっていた。
続く
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