「何っ?」
使い番から、明日いきなりの八島の殿の到着の知らせが入った。
おそらく、姫の捕獲を知ったゆえの “ようやく” である。
やはり大殿たちは、最初からこのいくさに来る気はなかったようだな。
高雄は八島の殿の思いがけない行動の早さに、爪を噛んだ。
いや、“一日の猶予がある” と思え!
そう、気を取り直した時に、伊吹が来たと安宅が伝えて来た。
乾行は止められなかったか・・・
落胆したが、部屋に入って来た伊吹の様子で
乾行は充分に伊吹を落ち着かせた事がわかった。
「姫に会わせてほしい。」
「駄目だ。」
即答する高雄に、伊吹は無言で両手を畳につき頭を下げた。
その姿に、高雄の方がカッとなる。
茶碗を伊吹に投げつけ、怒鳴った。
「みっともない真似をするな!」
伊吹は額を畳に付けたまま、言った。
「乾行にも言われた。
『見苦しい真似をするな』 と。
だが俺は、ここですべてを捨てないと
この後、自分自身に生きていく価値を持てなくなる気がするのだ。」
高雄は、はらわたが煮えくりかえっていた。
このようなこいつは見たくない!
「会わせは出来ぬ!」
伊吹に背を向ける。
「理由は、姫の身の潔白のためだ。」
それは、高雄が青葉を無事に帰そうとしている、という意味であった。
だったら何故、捕らえる必要があったのか?
返事をしない伊吹を、高雄は苦々しく思った。
こいつは絶対に諦めない。
暴走する前に抑えるしかない。
「ふすま越しに、見張りが大勢いる状態での会話なら許可しよう。」
その言葉を聞いた伊吹は、バッと顔を上げた。
高雄は顔を背ける。
「急げ、俺は忙しいんだ。」
見張りの女たちが急に慌ただしくなった。
誰かがここに来るようである。
青葉は震え出す手をギュッと握って押さえつけた。
こういう時にやって来るのは、“品定め” か尋問、
いや、拷問されるかも知れない・・・。
「姫さま、こちらへ。」
見張りが初めて口を開いた。
ふすまの前に座布団が置かれる。
ここへ座れと言うのかしら? 何故?
青葉は恐かった。
精一杯、虚勢を張って落ち着いているようにしても
本当は今すぐにでも、自害してしまいたいぐらいの恐怖。
だけどここで、わたくしが取り乱したら
龍田家末代までの恥晒し。
もう既に取り返しの付かない失態を犯してしまっている。
わたくしに出来る事は、最後のその瞬間まで “武将” である事。
女だてらに戦場に出たのだから。
青葉は指し示された場所に座って、背筋を伸ばした。
すると、ふすまの向こうから声がした。
「・・・ひ、姫さま・・・。」
それは青葉があの日以来、何度も何度も思い出しては
足をあの丘へと向かわせた、あの声であった。
続く
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