「これが姫さまからの書状にございます。」
高雄から渡された手紙を読む龍田の殿。
青葉直筆の手紙には、たいへん丁重に扱われている事
周囲には女性しかおらず、身の危険もない事
そして、捕らわれてしまった謝罪と
自分のために家を危険に晒さないように、と書かれていた。
その手紙を何度も何度も読み返す仕草に
龍田の殿の、青葉姫に対する愛情がにじみ出ている。
「・・・そんなに大事になさっている姫さまを
何故にいくさ場に立たせたのか、伺ってもよろしいでしょうか?」
「・・・我が家は、子が少なくての。
2人の娘と1人の息子の内、上の娘は山城に嫁いでおる。
いくさをする気がないゆえに、婚姻で逃れてきたツケで
我が家には、武に長けた者が少ないのだ。
これは、わしの責任。
今回のいくさを最後に、わしは隠居しようと思っていたのだ。」
そう語る龍田の殿は、確かにいくさなど好みそうにない、
品のある雅な人、といった風情である。
「家を傾けて渡すなど、息子には申し訳ないが
あれたちの母が死んでからというもの、
わしはもう何もしたくなくての・・・。」
「そのような事では、亡くなられた奥方さまも悲しんでいらっしゃるでしょう。
殿には遺されたお子さまたちがおられましょう。
その未来を手助けしておあげになる事が
家長として、親として、殿の成すべき事でしょうに。」
龍田の殿が、驚いたような表情になったので
高雄は我に返って、頭を下げた。
「で、出すぎた事を、申し訳ございませぬ。」
高雄の胸の家紋を見て、龍田の殿は察した。
ああ、この青年は千早家の嫡男であるか。
あそこの当主も風流な男だと聞いた事がある。
「こたびのいくさでは、八島側の総大将とも言えるそなたが
何故、使役に参られたのかな?」
ようやく本題に入れる、高雄は座り直した。
「私は八島の家臣。
戦え、と言われれば戦うしかござりませぬ。」
この言葉は、龍田の殿と高雄にとって同じ意味を持っていた。
“新興大名は武力に頼った国づくりをする”。
だが安穏と存えてきた “伝統ある大名家” が
その “力” で負けたのもまた事実。
現状では、どういう正論を言おうが、所詮負け犬の遠吠えなのである。
「しかし、こたびのいくさでは
犠牲を出さずに済む道が見えたのでございます。」
「では、わしの娘をその伊吹という男に嫁がせろと?」
龍田の殿の言葉に、高雄は伏せて乞い願った。
「伊吹は確かに身分はございません。
しかし、これから、のし上がる男にございます!
養子には、しかるべき家を選んでもらいます。
どうかお許しを!」
龍田の殿は、ふふっ と笑った。
「わしにとっては、そなたにこそ娘をやりたいがの。」
その言葉は、高雄が一番恐れていたものである。
高雄の家は、“名家”。
しかも当主である高雄は有能である。
それが帝の血を引く娘を娶るとなると、八島家にとっては脅威となる。
八島の殿は、絶対に龍田の姫を自分より良い家には嫁がせない。
姫が恋をしたのが伊吹だったのは、幸運だったのである。
「思い出すのお・・・。」
龍田の殿は立ち上がり、障子を開けに行った。
「高雄どの、都はあちらの方角だ。」
高雄も立ち上がり、少し後ろに控えた。
都の方角には、山々が連なっている。
「わしはよく祖父から聞かされたのだ。
帝に娘を、わしの祖母じゃが、嫁に欲しいと日参した時の話を。
今は亡き山城の曽祖父は人格者で、間に入って随分と奔走してくれたらしい。
山城の爺は、領地をかなり手放したそうだ。
『なあに、また増やせば良い』 と笑って。」
金銭か・・・、いくら工面できるか頭の中で計算をする高雄に
龍田の殿が振り返って、厳しい口調で言う。
「そうして山城家はいくさを重ねて、領地を増やし
我が龍田家はこのザマよ!」
続く
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