殿のご自慢 18

着飾って化粧をした龍田の姫は、香り立つほど美しかった。
 
乾行は、伊吹の “花のような娘” という説明を
女に不慣れな未熟者の表現だ、と微笑ましく思っていたのだが
おいおい、これは正に花そのものじゃねえか
それも大輪の鮮やかな、と驚くばかりだった。
 
伊吹は、青葉を見るのは三度目だったが
町娘の姿や甲冑着とは、あまりにも違いすぎて
初めて、自分が大それた想いを抱いていた事を自覚した。
 
これが帝の血を引くお姫さまなのか・・・
伊吹に現実がのしかかるが、その美しさに目が逸らせない。
 
 
高雄は青葉の美しさに、心の中で舌打ちをした。
大殿がこの姫を所望したらまずい・・・。
 
しかし青葉は部屋に一歩入るなり、伊吹の姿を見つけた。
両側にズラリ居並ぶ家臣団の中から、伊吹だけを見つけ出したのである。
 
表情さえ変えなかったが、その眼差しは伊吹を優しく抱きしめた。
ふたりの見つめ合いに、周囲の方が顔を赤くするほどであった。
 
 
馬鹿! 早よお、大殿に挨拶をせぬか!
高雄がイライラしながら伺い見ると、八島の殿はニヤニヤしながら
ふたりの見つめ合いを楽しんでいるようであった。
これは良い事なのか、悪い事なのか・・・
 
青葉は、実に自然に伊吹から視線を外し
部屋の中央ほどまで進み、ゆっくりと正座をし、お辞儀をした。
「龍田家次女の青葉と申します。」
 
 
「うむ、さすが伊吹が見初めたおなごよ、実に美しい。」
八島の殿は、満足げに言う。
 
「して、今日は何用じゃ?」
 
その言葉に、一同が驚いて八島の殿を見る。
この招集は会議ではなく、龍田の姫が望んだ事だったのか!
 
「はい、捕われの身で厚かましいとは重々に存じておりますが
 ひとつだけお願いがございます。」
「何じゃ? 言うてみよ。
 そちの美しさに免じて、叶えてやろうぞ?」
  
八島の殿は、青葉の頼み事は龍田家への加勢だと推測していた。
それは山城を潰すためなら、頼まれなくてもしたいとこだが
この美しい姫に、わざわざ恩を売るのも良い。
 
 
「龍田家は山城家といくさになります。
 必ずここに戻ってまいりますので、わたくしを家に帰してくださいませ。」
 
この言葉に、全員が耳を疑った。
「何を言うておるのだ?
 いくさなら八島家が助けてやるのに。」
家臣のひとりがつい口を滑らせたが、青葉は引かない。
 
「このいくさは、龍田家の仇討ち。
 そのようなわたくし事で、八島家のお手を煩わせはいたせませぬ。
 お願いいたします!
 この手で姉の仇を討ちたいのです!!!」
 
 
こ、この女は・・・
高雄は内心、驚愕した。
“仇討ち”、この言葉で八島の付け入る隙をなくしたのは
計算か? 偶然か?
 
「だ・・・だが、戻ってくる保証は・・・」
青葉はスッと立ち上がり、近くの家臣の刀を抜いた。
 
皆が、何か起きているのか理解するのに時間が掛かっている中
青葉は自分の長い髪を持ち、刃を沿わせた。
真っ直ぐに伸びた長く美しい髪が一瞬、宙を舞いフワッと顔に掛かる。
 
 
青葉は再び、中央へと正座した。
刀と切った髪を前に置き、深く頭を下げた。
 
「大殿さまの前で刀を抜いた咎 (とが) は、後で必ず受けます。」
そして顔を上げて、髪の上に手を添えた。
 
「わたくしの命、ここに置いてまいります。
 必ず生きて戻りますので、どうかわたくしを行かせてくださいませ!」
 
殿の前で刀を抜く、ご法度であるこの行為を誰も止められなかった。
これは、その場にいた者全員が処分に値するので
青葉の罪を追求すれば、自分も危うくなる。
 
 
「髪は女の命とは言うがのお・・・」
八島の殿が渋る。
 
「いえ、姫の命はその髪ではなく、髪を束ねた紐でありましょう。」
言ったのは乾行であった。
「その紐は、伊吹から贈られた物です。」
 
伊吹は気付かなかったが
乾行は、着物に似合わない安物の組み紐に気付いていた。
 
 
伊吹がたまらずにひと膝前に出て
額を畳みに押し付けんばかりに、土下座をした。
「大殿! 私からもお頼み申します。
 どうか、龍田の姫の願いをお聞き入れくださいますよう。」
 
その声を聞いた途端、青葉の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
美しい姫の、涙の願いを断れるなら男ではない。
 
 
「そちたち、わしが優しい男で良かったのお。」
ふーっと溜め息を付き、八島の殿が苦々しく言う。
 
「姫を捕らえた責任も合わせて、高雄、そちが付いてゆけ。」
「は・・・、はっ!」
意外な指名に、高雄は慌てて頭を下げる。
 
 
「殿! 供なら私が!」
叫ぶ伊吹に、八島の殿が耳をほじりながら言う。
 
「駆け落ちでもされたら、かなわぬ。
 伊吹、そちは、わしと仲良くしていろ。」
 
 
家臣たちがドッと笑い、ようやくその場の雰囲気が柔らかくなった。 
 
 
 続く 
 
 
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Comments

“殿のご自慢 18” への2件のフィードバック

  1. momoのアバター
    momo

    緊張感のあるシーンですね。 映像が浮ぶという事は、やっぱりあなたは文豪。 「香り立つほど美しい」なんて、言われてみたいわ!

  2. あしゅのアバター
    あしゅ

    momoちゃん、ありがとう!
    文豪! おーほほほほほほほほほ

    でもそれは、momoちゃんが
    想像力に優れているという事だと思う・・・。

    言われてみたいよねーーー、“香り立つ”
    ・・・良い意味で・・・。 ← こういうとこが自爆

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