青葉の供は、高雄と安宅のふたりだけであった。
しかし青葉に用意された馬を見て、高雄は納得した。
八島の殿の愛馬の1頭だったからだ。
それは、青葉の後ろに八島の殿がいる事を示す。
供が何人だろうが、何かあれば即座に八島家が介入をする、という意味。
だが、青葉はそういう事に構わずに
さっさと馬に乗る。
この女は賢しい (さかしい) のか馬鹿なのか・・・
高雄は青葉を測れずにいた。
走り去る馬を、城から見送る伊吹を八島の殿が呼ぶ。
「行ったか?」
「はい・・・。」
伊吹の声に張りがない。
「これは、そちから再び渡してやるがよい。」
八島の殿が差し出したのは、青葉の髪。
伊吹が贈った組紐で束ねられている。
「そちというやつは・・・
名家の姫なのに、もうちょっと良いものをやれぬのか。」
八島の殿は呆れていたが、伊吹の返事に興味を惹かれた。
「はあ・・・、町娘だと思い込んでおりましたので・・・。」
「何と! 素性を知らずに惚れ合うたのか!」
高雄が心配していた “大殿の邪念” は、ここで消え去った。
八島の殿の性格では、たかが女ひとりの味見より
この、滅多にない奇跡の手助けをする方が、楽しそうに思えるからだ。
「名家相手に、そちが恥をかかぬよう
わしがすべて整えてやるから、案ずるな。」
この言葉は、逆に伊吹の気を重くさせた。
相手が何者であろうと、気持ちに変わりはないのだが
現実というものは、そうそう思い通りにはいかない事ぐらいは
思い知っているからである。
伊吹が重い現実に葛藤をしている時に
青葉の現実は、残酷なものとなっていた。
山城の殿が、いくさを再開するよう言ってきた。
「捕らえられた娘など、もう死んだも同じ。
もし生きて戻って来れたのなら、わしの妾にでもしてやろう。」
その伝令は、正妻である青葉の姉の前で行なわれた。
反論する者はいなかったが、青ざめた正妻に
さすがの家臣たちも皆、同情をした。
気が進まぬいくさを押し付けられたあげくに
2人目の娘 “も”、山城の殿の犠牲にさせられるのだ。
その夜、龍田の家臣の手引きで、姉は城を逃げ出す。
それに気付いた山城の殿は、馬を駆る。
草履が脱げても必死に走る妻に、後を追う夫。
真後ろから蹄の音がし、振り向いた姉の目に映ったのは
満月に浮かび上がる鬼畜の形相の、馬上の我が夫。
姉は諦めて懐刀を取り出した。
首を突こうとしたその手が、腕から離れる。
返す刀で、頭が宙を舞った。
逃げる手引きをした者を見逃したのは
野ざらしにした亡骸を龍田自身が取りに来い、という意味なのだろう。
「わしが甘かったのだ・・・。」
涙に暮れる父を、青葉は責める気にはなれない。
自分が捕まったからこうなった、と思ったからである。
だが弟は違った。
まだ元服も済ませていない少年は言った。
「事なかれ、と願う心が、次の犠牲を生み出すのです。」
この言葉に、高雄は感動を覚えた。
無能な父親に代わり、自分が家を背負わねばならない辛さはわかる。
しかしこの少年の境遇は、更に過酷であった。
「八島家とのいくさに、山城家の者は誰ひとり来ませんでした。
父上、この意味がおわかりでしょうか?」
あの三日の遅れの理由を、高雄は納得した。
なるほど、うちと同じく龍田家も加勢が来なかったのだな?
しかし、うちの場合と違って、龍田家側は・・・。
「山城家は龍田家を潰すつもりでしょう。」
息子の言葉に、父親は反論しようとした。
「しかし、うちは帝の・・・」
「・・・高貴な血など、もういらないのですよ、父上。
世は力の時代。
それをわかっているからこそ、帝は都から出て来ない・・・。」
あどけない顔をしていながら、その目には
世の中に対する憂いが含まれていたが
父親と違うのは、そこに諦めがなかった事である。
続く
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